№107 シリア:民主シリア軍がラッカを制圧
2017年10月17日、アメリカの支援を受けるクルド勢力を主力とする民主シリア軍が、「イスラーム国」が占拠していたラッカを制圧したと発表した。現在の形勢は、「イスラーム国」が急速に退潮する一方、「緊張緩和地域」の維持を口実にトルコ軍がイドリブ県に侵攻し、アレッポ県北西部のアフリーンに圧力をかけるなど、「イスラーム国」後の諸当事者の権益争いが激化している情勢である。
図:2017年10月18日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)
オレンジ:クルド勢力
青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)
黒:「イスラーム国」
緑:シリア政府
赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」なる連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)
赤点線内:「反体制派」(主にアメリカ軍からなる各国の特殊部隊の保護を受けており、実質的にはアメリカ軍)
1.トルコ軍がアスタナ合意に基づく「緊張緩和地域」の設置と監視を名目にイドリブ県に侵攻した。ただし、トルコ軍は実際には討伐対象である「ヌスラ戦線」(現「シャーム解放機構」)の援護を受けつつ、アレッポ県北西のアフリーンを占拠するクルド人民防衛隊(YPG)を包囲する体制を構築中。
2.「民主シリア軍」がラッカを制圧した。制圧の過程で、アメリカが率いる連合軍の爆撃により民間人が多数死亡したとの情報がある他、「非外国人のイスラーム国」兵数百人が「民主シリア軍」との合意のもとダイル・ザウル方面に撤退した。
3.「民主シリア軍」がダイル・ザウル市北東郊を占拠し、ダイル・ザウル県のユーフラテス川左岸の油田・ガス田の占拠をうかがう。また、「民主シリア軍」はハサカからハーブール川沿いに南下し、シャダーディー、マルカド、スワルなどの諸都市を制圧した。
4.政府軍がスフナを攻略後、北方、東方の二方面からダイル・ザウル市に対する「イスラーム国」の包囲を突破し、逆に同市の旧市街に「イスラーム国」を包囲した。政府軍はユーフラテス川左岸にも渡河し、ユーフラテス川左岸地域の油田・ガス田の制圧を「民主シリア軍」と競っている。また、政府軍はユーフラテス川右岸を南東へ進撃し、「イスラーム国」の重要拠点の一つであるマヤーディーンを制圧した。
5.「イスラーム国」がパルミラ-ダイル・ザウル間の街道に沿って大規模な攻勢をかけたが、撃退された。政府軍や援助物資は同街道を通行可能。
6.政府軍は、スワイダ県、ダマスカス郊外県のヨルダンとの国境地帯をほぼ制圧した。
評価
アメリカ軍などの支援を受けた「民主シリア軍」が、長期間の攻囲を経てラッカを制圧した。同派によるラッカ包囲・攻撃を待つまでもなく、「イスラーム国」はラッカを首都と称したことも、同市に首都に相当するような機能を置いたことも公式には確認できない。また、ラッカの攻囲に長期間を要した間にシリア政府軍は「イスラーム国」によるダイル・ザウル市包囲を突破し、ユーフラテス川沿いに「イスラーム国」の残存拠点へと進撃するようになった。この結果、今やラッカがどのようになっても、それが「イスラーム国」掃討に効果を上げることも、シリア紛争の帰趨に影響を与えることも考えにくい。すでに焦点は「イスラーム国」後、シリア紛争後の権益争いに移っており、トルコ軍のイドリブ県侵攻も、政府軍と「民主シリア軍」との間の油田・ガス田制圧競争も、シリア紛争後の立場や権益を確保するための動きである。
また、「イスラーム国」の日々の行動を観察する限り、最近の動向で同派により大きな打撃を与えたのはラッカ攻囲ではなく、政府軍がダイル・ザウル県マヤーディーンを攻撃・解放したことである。これにより、戦果をはじめとする戦場に近い情報についての「イスラーム国」の広報発信力が著しく低下し、同派の自称通信社「アアマーク」による短信の発信件数も不安定になった。
(主席研究員 髙岡 豊)
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