中東かわら版

№102 サウジアラビア:サルマーン国王のロシア訪問

 10月4日夜、サルマーン国王はロシアを訪問した。サウジアラビア国王がロシアを訪問するのは初めてのこと。5日、サルマーン国王はプーチン大統領と会談し、二国間の経済協力の拡大、国際・地域情勢などについて協議した。

 サルマーン国王のロシア訪問に合わせて、二国間で複数の合意が結ばれたほか、第1回サウジ・ロシア投資フォーラム、サウジ文化週間などのイベントが開催された。これに関連し、石油分野、先端技術分野において10億ドル規模の投資基金をそれぞれ設置することで合意した。また、ロシア直接投資基金(RDIF)とサウジの公的投資基金(PIF)は、ロシアの輸送インフラに投資事業を行うユナイテッド・トランスポート・コンセッション・ホールディングの株式を取得するため1億ドルまでの出資を行うことで合意した。RDIFによると、UAEのムバーダラ社もこれに共同出資する。また、RDIF、PIF、ムバーダラの3社は、モスクワとサンクトペテルブルグで3件の事業に参入することを検討しており、総額2億2600万ドルの投資になると見積もられている。

 武器取引に関しては、サウジがロシアからS-400防空システムを購入することで合意した。また、サウジ軍事産業会社(SAMI)は、ロシアのロソボロンエクスポルト社と、9M133コルネットEM対戦車ミサイル、TOS-1多連装ロケットランチャー、AGS-30グレネードランチャー、AK-103アサルトライフルについて調達するほか、技術移転および現地生産することで合意したと発表した。さらに、SAMIは、S-400の部品の製造と維持についても現地化に向けて協力を進めていることを明らかにしている。

 

評価

 サウジアラビア国王による初のロシア訪問は、両国の協力関係を更に発展させるものとなるだろう。双方とも石油輸出国であるため貿易関係は稀薄であるものの、原油価格の調整を巡って両者は近年協調関係にある。2014年から続く原油価格の低迷は両国の財政に大きな影響を与えており、シリア紛争での対立にも関わらず原油生産量の調整については協議が続けられてきた。今後、投資の拡大を通じて両国の経済関係は結びつきが強まることになるだろう。

 一方、武器取引については、サウジアラビアは、大きく方針転換をしたことになる。冷戦期は西側諸国の一員であったサウジアラビアは安全保障面で米国に強く依存するようになり、冷戦後も欧米諸国からの武器輸入を積極的に進めてきた経緯がある。今年の5月にトランプ大統領がサウジを訪問した際にも、米国史上最大規模となる1097億ドルの武器売却について合意が結ばれている(詳細は「サウジアラビア:トランプ米大統領の来訪」『中東かわら版』No.34(2017年5月23日)。今回サウジがロシアから武器輸入を決定した背景には、欧米諸国の中東地域への影響力低下が背景にあるほか、人道問題などを理由に武器移転を躊躇する欧米諸国への不信感、さらには中東におけるロシアの影響力拡大を問題視しないトランプ政権の外交姿勢があることが挙げられよう。

 もっとも、これはサウジの欧米諸国との決別を意味するものでは全くない。今回調達を決定した兵器は対戦車ミサイルやロケットランチャーであり、戦闘機や戦車、軍艦については引き続き欧米諸国から調達されることが検討されていよう。また、今のサウジにとって重要なことは、「ビジョン2030」でも謳われているように、国内軍需産業の育成とそれによる雇用の創出を達成することである。その点で、ロシアがこれらの兵器の技術移転と現地生産を認めたことは、改革を推進するムハンマド・サルマーン皇太子にとって魅力的な取り引きであったと言えるだろう。しかし、S-400に関しては、米国との間で政治問題化する恐れがある。これまで米軍の助言を受けながら米国製のミサイル・システムを運用してきたサウジがS-400を導入することは、米国による湾岸地域におけるミサイル防衛網の構築計画に障害を生む可能性があり、地域情勢にも大きな影響を与えよう。

(研究員 村上 拓哉)

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