中東かわら版

№98 イラク:クルド地区での住民投票

 2017年9月25日、イラク北部のクルド地区と、同地区の軍事部隊のペシュメルガが制圧する地域においてクルド地区の独立を問う住民投票が行われた。現地からの報道によると、投票率は72%、「独立賛成」票が90%以上に達した。これに対し、かねてから住民投票実施に反対していたイラク連邦政府、トルコ、イランが対抗措置を取り、イランがクルド地区への航空便の運航を停止、トルコが国境付近で軍事演習を行っていることなどが目立つ。トルコの軍事演習にはイラク軍も参加している。また、トルコ要人もクルド地区への陸・空の往来停止のほか、「軍事的措置」をとると表明し、クルド地区に圧力をかけている。これに加え、イラク連邦政府は26日にクルド地区にある空港とイランやトルコとの陸路の国境通過地点を連邦政府の管理下に置くと決定、29日までにこれが実現しない場合、クルド地区への航空便の運航を停止すると表明した。

 今般の住民投票は直ちにクルド地区の独立につながるものではなく、クルド地区のバラザーニー大統領は投票の結果を背景に連邦政府に対し「問題解決のための」対話を呼びかけた。これに対し、連邦政府は住民投票は違憲であり、結果を認めることも、結果に対応することもないとの立場である。さらに、隣国のトルコやイランだけでなく、アメリカ、ロシア、EUなどの域外の有力国も住民投票、ひいてはクルド地区の独立に反対する立場である。

 

評価

 イラク北部では、1990年代からクルドの民族主義勢力がアメリカなどの庇護を受けつつ自治状態にあり、これは2003年にフセイン政権が打倒され、イラクに新たな政治体制が導入されたことにより制度としても確立した。しかし、クルド地区と連邦政府とは、予算や石油収入の配分、キルクークなどの係争地の処置で対立を続けた。長年の自治状態を背景に、クルド人の間で独立機運が高まっていたこと、既成事実を基に連邦政府との権益争いで優位に立つ狙いがあることなどが、住民投票実施の背景にあろう。

 一方、住民投票や独立をめぐる争いの陰で、クルド地区の政治や行政、経済が破綻しつつあることはあまり注目されていない。同地区では、2015年後半から公務員給与の遅配に象徴される財政危機が顕在化したほか、実はバラザーニー大統領自身も2015年に任期を満了し、後任の選出も任期延長などの法的措置もないまま居座っている状態にある。また、クルド地区議会も2016年秋から開かれていない。クルド地区の財政問題については、連邦政府との対立により連邦予算の配分が受けられないでいることなども原因といえようが、現在のクルド地区の政情を見る限り、政府・議会の運営や予算の執行が正常に行われることは考えにくい。クルド地区の政治が適正に運営されていないことこそが、同地区の将来を展望する上で最大の障害となっているように思われる。

(主席研究員 髙岡 豊)

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