中東かわら版

№83 カタル:サウジによるカタル王室分断工作

 断交問題で緊張しているカタルとサウジアラビアの紛争が、新たな方面に広がりを見せている。

 8月16日、サウジ国営通信は、カタルのアブドゥッラー・アリー・アブドゥッラー・ジャーシム・アール=サーニー王子がサウジのジッダを訪問し、ムハンマド・サルマーン皇太子と会談したことを報じた。同会談においてアブドゥッラー王子はカタル人の巡礼者のため陸路を開放するよう仲介を申し出た。これに対し、サウジ側は、サウジ・カタル間のサルワー国境所を開放すること、巡礼者のためサウジが特別便を出すこと、巡礼者の渡航費はサウジ側が負担することを申し出た。

 こうした措置について多くのメディアは、「サウジ、カタール巡礼者に国境開放 外交危機緩和の兆し」(『AFP』日本版)と報じるなど、サウジ・カタル間の関係に肯定的な影響を与えるものと報じている。

 他方、本件に関する報道ぶりは、サウジとカタルの間で際立って異なっている。サウジ側は、カタルからの巡礼の受け入れを大々的に報じるとともに、今回、「仲介」にあたったカタルのアブドゥッラー王子について詳細に報じている。アブドゥッラー王子はこれまでメディアに登場したことはほとんどなく、サウジ国営通信の第一報が出た直後にはSNS上でも彼が何者であるかについて各所から疑問の声があがっていた。その後のサウジ側の報道により、アブドゥッラー王子がアリー・アブドゥッラー第4代首長(在位:1949-1960)の子であり、アフマド・アリー第5代首長(1960-1972)の弟であることが判明している。アブドゥッラー王子はカタル国内で重要な政治ポストに就いた経験はなく、80年代に馬術連盟の会長をしていたことが分かっている。『Al-Arabiya』などの親サウジ報道機関は、こうした来歴を紹介するとともに、アリー首長やアフマド首長の時代にカタルの発展の基礎が作られたこと、そしてアフマド首長は現タミーム首長の祖父にあたるハリーファ第6代首長(在位:1972-1995)による宮廷クーデターによって追放させられたと書いている。また、アブドゥッラー王子はその翌日、サルマーン国王が休暇中のモロッコのタンジェを訪問し、サルマーン国王とも会談している。サウジメディアはこれを映像付きで報じるなど、政治的な役職を持たない人物に対しては異例とも言える取り上げ方をしている。

 一方、カタル側は、サウジによる巡礼者受け入れ決定について、スウェーデン訪問中のカタルのムハンマド外相が、巡礼を政治問題化させたサウジを批判しつつも、決定を歓迎するとのコメントを発している。カタルメディアは、こうしたサウジの措置やムハンマド外相の発言は報じているものの、アブドゥッラー王子の動向については取り上げていない。サウジ側の報道直後には、『Al-Jazeera』の「Qatar-Gulf crisis: All the latest updates」のページにおいて、同訪問に言及があったものの、現在は消されている。

 

評価

 今回のカタル人巡礼者への緩和措置が、サウジ・カタル両政府間における通常の交渉によって達成されたと見ることは難しいだろう。アブドゥッラー王子はカタル政府の代表としてサウジを訪問しているわけではないようで、サウジ側もカタル側もそのようには報じていない。サウジ側の報道で用いられる「仲介」が正確に何を意味するのかは不明であるが、文脈上は、サウジ政府・カタル政府間というよりも、サウジ政府とカタルの巡礼者との間で仲介を行っていると理解するのがもっとも自然なように思われる。言わば、アブドゥッラー王子はカタル政府の頭を飛び越えて交渉している状態にあり、これは、カタル側がアブドゥッラー王子の動向について報じていないことが裏打ちしている。従って、今回の巡礼者受け入れ措置をサウジ・カタル間の緊張緩和や関係改善と見ることは、誤りである可能性が高い。

 気にかかるのは、サウジがアブドゥッラー王子を持ち上げる意図である。サウジメディアの報道ぶりでは、血縁上はアブドゥッラー王子に王位継承する正統性があるかのように見られる。確かに、アブドゥッラー王子は、4代目首長アリーの子、5代目首長アフマドの弟であるし、ハリーファ第6代首長が宮廷クーデターでアフマド首長を追放したことも事実である。しかし、第3代首長のアブドゥッラーは当初次子のハマドを皇太子に指名しており、ハマドが1948年に父親より先に死んだことで、長子のアリーが王位を継承することになった。アフマドがアリーから王位を継承した際には、従兄弟のハリーファが皇太子に指名されており、王位継承ラインはハマド家に戻ることになっていた。1972年のハリーファによる宮廷クーデターは、皇太子が首長を追放した事例であり、ここで王位継承ラインが捻じ曲げられたわけではない。

 

図:サーニー家系図

注:名前を四角で囲っているものは歴代の統治者・首長

出所:筆者作成

 

 いずれにせよ、サウジメディアによるアブドゥッラー王子の取り上げ方は異様である。ムハンマド・サルマーン皇太子との会談でアブドゥッラー王子がサウジとカタルとの歴史的な友好関係に言及したという報道は、受け取る者によっては、カタル王室内にタミーム首長と異なる路線が存在しうることを匂わせるものとなっている。サウジ側の意図は不明であり、現時点でサウジがカタルでの宮廷クーデターを画策していると断じるだけの材料はない。他方で、カタルの王室を分断させ、親サウジ路線をとる王族を増やしたいという思惑は多かれ少なかれあるだろう。もっとも、サウジの思惑に乗っかるカタルの王族が続くのかどうか、さらにはそれを支持するカタル国民がどれだけいるのかについては、大きな疑問である。

(研究員 村上 拓哉)

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