中東かわら版

№79 シリア:最近の戦闘状況

 シリア政府軍が三方向から「イスラーム国」が占拠するダイル・ザウル県へ進撃する形勢となる一方で、イドリブ県ではシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」が県内の要衝を占拠した。「緊張緩和地域」設置の動きも進んでいるが、イスラーム過激派が事実上の主力として「反体制派」を担っている以上、その前途が楽観できるわけではない。

 

図:2017年8月8日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

緑:シリア政府

赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」なる連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

赤点線内:「反体制派」(主にアメリカ軍からなる各国の特殊部隊の保護を受けており、実質的にはアメリカ軍)

1.アメリカ軍とその支援を受ける「民主シリア軍」(クルド勢力が主力)によるラッカ攻略作戦は、ゆっくりと進んでいる。この進行速度は、シリア紛争の諸当事国間の外交関係、「民主シリア軍」を構成する武装勢力諸派間の対立に起因するものと思われ、「民主シリア軍」のアラブの武装勢力の一部は政治的理由で同派から離脱した。

2.政府軍がラッカ方面からダイル・ザウル県に進撃中。ダイル・ザウルは依然として「イスラーム国」が政府軍を包囲しているが、ダイル・ザウルでの戦闘では双方ともさしたる戦果を上げられていない。

3.政府軍が、パルミラとダイル・ザウル間の要衝であるスフナを攻略中。一部報道ではすでに政府軍がスフナを制圧したとの情報もある一方、「イスラーム国」が反攻を準備中の情報もある。これとは別に、政府軍がシリア・イラク間の石油パイプライン沿いの拠点制圧を進め、ダイル・ザウル県南西端のT2方面に進出している。

4.イドリブ県では、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」が、同じくアル=カーイダと近しいイスラーム過激派の「シャーム自由人運動」を破り、事実上解体する形でイドリブ市やトルコとの国境通過地点を占拠した。

その他(赤の円内):タンフを占拠するアメリカ軍などはさしたる動きを示していない。その一方で、アメリカが「イスラーム国」とのみ戦闘することを「反体制派」の支援の条件としていることから、これに反対する一部の武装勢力がアメリカから離反している模様。離反した者の一部は政府軍に投降した。

その他(緑の円内):主にアメリカとロシアとの交渉を通じ、ダラア県、ダマスカス東郊、ホムス市北方などで「緊張緩和地域」の設置が進んでいる。ただし、ダマスカス東郊ではこの措置の対象とならない「ヌスラ戦線」に対する政府軍の攻撃が続いている。

 

評価

 ラッカ市内には依然として2000人ほどの「イスラーム国」の戦闘員が立てこもっている模様である。また、「イスラーム国」もかつてはモスル攻防戦を預言者ムハンマドがマッカの連合軍を破った「アフザーブの戦い」になぞらえていたものを、現在はラッカでの戦闘にこれをなぞらえて広報している。「民主シリア軍」の作戦が停滞気味な理由は、「イスラーム国」側の抵抗に対し損害を最小化させようとしている、ラッカ市内の民間人の犠牲軽減などが挙げられるかもしれない。しかし、アメリカが率いる連合軍の爆撃でラッカやユーフラテス川沿岸の諸都市で連日数十人の民間人被害が報じられており、ラッカ攻略に際し、民間人の生命や財産に特別な配慮がなされているわけではなさそうだ。一方、「民主シリア軍」に参加していたアラブの武装勢力の一部が、クルド勢力との対立などを理由に同派から離脱しており、こうした状況も作戦の進行速度に影響を与えている。また、アレッポ県でトルコ軍が戦力を増強し、同県北西部のクルド勢力の拠点への軍事的圧力を強化していることも、ラッカ攻略に臨むクルド勢力の態度に影響している可能性がある。

 レバノンにおいても、7月からヒズブッラーがベカーウ高原東部で「ヌスラ戦線」の掃討作戦を主導し、停戦合意を締結して「ヌスラ戦線」の戦闘員とその家族らをイドリブ県に退去させることに成功した。ベカーウ高原では、これに続きレバノン軍が主導して「イスラーム国」の掃討作戦が始まりつつある。

「緊張緩和地域」の設定は、シリア紛争収束に向けた政治過程の一環としての意味を持つが、アメリカのように「反体制派」を支援してきた諸国にとっては、「反体制派」の占拠した地域を既成事実として確保する意味合いも帯びる。しかし、「反体制派」は実質的にはアメリカなどもテロリストとみなす「ヌスラ戦線」を主力としており、「ヌスラ戦線」が「反体制派」の占拠地域と分かち難く分布しているダマスカス東郊やイドリブ県での「緊張緩和」は難航が予想される。特に、イドリブ県においては「ヌスラ戦線」の覇権が樹立したといってもよく、同県に「緊張緩和地域」を設置したり、同県とトルコとの往来を従来通り放置したりすることは、アル=カーイダによる領域占拠を国際的に認知することにもなりかねない。

 全体的にみると、シリア政府、ヒズブッラー、ロシア、アメリカ、トルコ、クルド勢力などはシリア紛争「後」を見据えて振舞っている。ラッカでの戦闘、ダイル・ザウル県への攻勢、「緊張緩和地域」設置、レバノン側でのイスラーム過激派掃討は、諸当事者がシリア紛争「後」にどのような態度をとるのかを展望する指標となろう。

 

(主席研究員 髙岡 豊)

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