中東かわら版

№76 イスラエル・ヨルダン:アンマンのイスラエル大使館でのヨルダン人殺害事件

 ヨルダンとイスラエルの関係が、悪化している。発端となったのは、7月23日にアンマンにある在ヨルダン・イスラエル大使館内にある館員用住宅内で、ヨルダン人家具職人の少年と住宅の大家の2人が射殺された事件である。イスラエルとヨルダンの報道を整理すると、23日、警備員(イスラエル人)の家の寝室にある家具の修理をめぐり、警備員と家具職人の少年が口論となり、少年が工具のドライバーで警備員を3回刺した。そのため警備員は、家具職人の少年を射殺し、現場にいた大家も誤って撃たれて死亡した。イスラエル外務省は、同事件後、大使及び警備員を含む全館員をイスラエルに戻す決定をした。しかし、ヨルダン治安当局は、2人のヨルダン人を射殺した警備員からの事情聴取を求めた。イスラエル側は外交特権を理由に警備員の事情聴取を拒否し、また館員らは、警備員を残してイスラエルに帰国することも拒否した。翌24日、イスラエルの治安機関シンベドの幹部が、アンマンを訪問して、ヨルダン側と協議を行った。また同日午後、ネタニヤフ首相とアブドッラー2世国王が電話で会談した。イスラエルの要請を受けた米国のホワイトハウスのクシュナー上級顧問が、同日、アブドッラー2世国王と電話で会談し、事態収拾について協議している。その結果、イスラエル大使館員全員が、24日の深夜に陸路、アレンビー境界からイスラエルに帰国した。

 ネタニヤフ首相は、翌25日、帰国した大使館員全員と会談した。その際、ネタニヤフ首相は、ヨルダン人2人を殺害した警備員を英雄扱いする形で対応した。その事が、ヨルダン側の神経を逆なでした。25日、アンマン市内で行われた家具職人の少年の葬儀には、数千人が参列し、一部の参列者は「イスラエルに死を」と叫んだ。アブドッラー2世国王は、少年の遺族を弔問したほか、ネタニヤフ首相が事件を政治的なショーとして利用したことを非難し、イスラエルに警備員を訴追するよう求めた。アブドッラー2世国王は、今回の事件への対応が、今後の二国間関係の質を決めると警告している。ヨルダン司法関係者は、事件を検証した結果、テロ事件ではなく、2人を殺害した警備員は外交特権があるとしても殺人罪には適用されず、起訴ができると述べた。イスラエル側では、25日からシンベド・外務省・警察による警備員への事情聴取を開始しているが、警備員の行動は適切で、少年の行動は政治的なものだと認識している。

評価

 エルサレムの聖地をめぐる緊張と関連して事件が報道されたが、基本的には二つの出来事は無関係だろう。事件の詳細は、まだ不明であるが、アンマンのイスラエル大使館に入る際に、家具職人の少年は厳しい持ち物検査を受けているはずである。その結果、少年はドライバーでイスラエル人警備員を攻撃して射殺された。西岸では、ドライバーでイスラエル人を刺したあるいは刺そうとしたパレスチナ人が射殺されている。同じことがアンマンのイスラエル大使館内で発生したことになる。状況は同じでも、射殺された人間の法的な立場は違う。西岸のパレスチナ人には国籍がなく、国家もなく、事件の詳細を捜査する警察組織もない。他方、殺害されたヨルダン人少年は、ヨルダン国籍を持つヨルダン国民であり、ヨルダン警察や治安当局は、少年を保護する責任があり、彼がどのような状況で殺害されたかについて調べるだろう。少年の遺族やヨルダン国民も自国民2人が外国人にどのような状況で殺害されたかを知りたいと思うだろうし、政府に捜査を要求するだろう。イスラエル側の対応を見ていると、ヨルダン人少年射殺事件について、占領地内でのパレスチナ人射殺と同じように対応した気配がある。パレスチナ人とヨルダン人は、イスラエル人から見れば同じアラブ人かもしれないが、ヨルダン人には国籍があり、殺人事件の後処理には、当然ヨルダン政府は関与することになるため、パレスチナ人射殺の場合とは違うプロセスを経ることになるだろう。

(中島主席研究員 中島 勇)

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