中東かわら版

№73 イスラエル・パレスチナ:聖地をめぐる緊張

  イスラエルとパレスチナ・ヨルダンの間で、東エルサレムの聖地をめぐる緊張が続いている。7月14日、武装したイスラエル・アラブ(イスラエル国籍を持つパレスチナ人)3人が、東エルサレムの聖地を警備するイスラエル警察官2人を射殺した。襲撃犯3人は、聖地境内でイスラエル警察により射殺された。イスラエル警察は、聖地を閉鎖し、同日予定されていた金曜礼拝を中止した。イスラエル警察は、閉鎖を2日間継続し、聖地の境内に入る門に金属探知機や監視カメラを設置した上で、16日から聖地境内でのイスラーム教徒による礼拝を許可した。しかし、聖地を管理するワクフ庁、パレスチナ人、パレスチナ自治政府、ヨルダン政府は、イスラエル警察が聖地に入る門に金属探知機や監視カメラなどを一方的に設置したことは、聖地の「現状維持」の原則を破るものだと猛烈に反発した。

 ワクフ庁は、イスラーム教徒に、金属探知機を通って境内に入ることを拒否し、抗議の姿勢を示すため門の外の道路などで礼拝を行うよう呼び掛けた。呼びかけに応えたイスラーム教徒らは、聖地に入る門の外で礼拝を行い、礼拝終了後、抗議の座り込みを行い、また一部の参加者たちはイスラエル警察と衝突するようになった。17日、ファタハは19日を「怒りの日」に指定し、聖地の現状変更に抗議するよう呼び掛け、西岸各地で抗議行動が実施された。集団礼拝の行われた21日(金曜日)には、ワクフ庁は、東エルサレムのすべてのモスクを閉鎖し、聖地の外で集団礼拝を行うよう呼び掛けた。同日には、西岸各地で衝突が増加し、パレスチナ人3人が死亡した。政治面では、同日、パレスチナ自治政府のアッバース大統領が、イスラエルとのすべての関係を凍結すると発表し、イスラエルとの治安協力を停止した。アッバース大統領が、イスラエルとの治安協力を停止したのは初めてである。

 こうした中、23日、アンマンにあるイスラエル大使館の敷地内にある館員用アパートで、家具の修理に来たヨルダン人の家具職人(16歳)と大使館の警備員が口論となり、家具職人がドライバーでイスラエル人警備員を刺した後、射殺される事件が起きた。現場にいたアパートの大家も射殺され、ヨルダン人2人がイスラエル大使館の敷地内で殺害された。事件後、イスラエル大使館員全員がイスラエルに帰国しようとしたが、ヨルダン治安当局は、ヨルダン人2人を射殺した警備員からの事情聴取を要求した。24日、イスラエルの治安機関シンベドの幹部がアンマンを訪問、ヨルダン治安当局者も交えて現場を視察し、ヨルダン側は警備員からの事情聴取を行ったと報道されている。同日午後、ネタニヤフ首相がアッバース大統領に電話をして東エルサレムの聖地をめぐる緊張状態について協議し、その後在ヨルダン・イスラエル大使館員全員は陸路でイスラエルに帰国した。

 24日夜、イスラエルの治安閣議は、東エルサレムの聖地の入り口に設置した金属探知機の撤去を決定し、ハイテクの監視装置を半年をめどに設置することを決定した。25日、イスラエル警察は、金属探知機などの撤去を開始した。しかし、聖地を管理するワクフ庁は、イスラエルが7月14日以降、新たに設置した監視カメラなどを全部撤去するように要求し、イスラーム教徒らに、聖地の外での礼拝を続けるよう呼び掛けている。25日、PAのアッバース大統領は、聖地の状況が7月14日以前に戻れば、イスラエルとの関係も通常に戻すと述べている。

 イスラエルが聖地の現状を変更したことについては、パレスチナ、ヨルダンだけでなく、トルコ、湾岸諸国、インドネシアなどイスラーム諸国も懸念を表明している。米国はトランプ大統領の国際交渉担当特別代表ジェイソン・グリーンブラットをイスラエルとヨルダンに派遣したほか、24日には、ホワイトハウスのクシュナー上級顧問がヨルダンのアブドッラー2世国王と電話で会談するなど、事態の鎮静化の仲介を行っている。

 東エルサレムの聖地での緊張の影響もあってか、7月21日には、西岸の不法入植地ハラミシュにパレスチナ人少年が侵入し、入植者3人を殺害した。また25日には、西岸南部ヘブロン市内で、入植者約100人がパレスチナ人の建物を強制占拠するなど西岸全体の緊張が高まっている。また自国民2人を大使館の警備員に射殺されたヨルダン人も、イスラエルに対する非難を強めている。

評価

 イスラエル当局は、7月14日に警察官2人を殺害した犯人らは、別の者が持ち込んだ武器を聖地内で受け取ったと見ており、聖地内への武器持ち込みを阻止しようとしている。他方、パレスチナ側は、金属探知機などをイスラエルが一方的に設置したことで、聖地での「現状維持」の原則を破ったと反発している。両者の主張は正論であり、立場は真っ向から対立している。その上、対立の現場がイスラーム教とユダヤ教の聖地であり、聖地の管理をめぐる宗教問題に直結している。イスラエル側では、金属探知機を設置することが、イスラエル軍や治安機関シンベドなどと十分な協議を経ずに決定されたようだ。西岸を管理するイスラエル軍やシンベドにとって聖地問題に関する決定は熟考に熟考を重ねて決定しないと、イスラーム側がどのような反応を見せるかわからない問題である。しかし、ネタニヤフ首相は、聖地で警察官襲撃事件が起きた翌日には欧州訪問の出発しており、当初、事態をあまり深刻視していなかったようだ。また報道では、金属探知機設置を治安閣議に提案した国内治安相は、警察の一部幹部と協議しただけで、警察内でも十分な議論をしていなかったとされている。

 聖地の管理をめぐる緊張は、まだ継続している。ワクフ庁が、聖地の現状が7月14日以前に戻ったと判断しない限り、聖地の外での礼拝が続く。その映像を、世界のイスラーム教徒が見続けると、イスラエルに対する非難が増大するのは確実だ。他方、イスラエル国内で実施された世論調査では、イスラエル人の68%が金属探知機設置は正しい決定だったと考えており、77%が金属探知機の撤去は、イスラエル側の降伏に等しいと答えている。東エルサレムの聖地をめぐる問題は、二重構造である。一つは、聖地をイスラエルとパレスチナの国境線でどう分けるかという政治問題である。もう一つは、聖地自体の管理をどうするかという宗教問題である。現在の聖地をめぐる状況は、政治問題というより宗教問題の様相を強めつつある。宗教問題が発火すると、イスラエルはイスラーム諸国と新たな対立を抱えることになる。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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