中東かわら版

№62 イスラエル:ユダヤ教徒の聖地「嘆きの壁」をめぐる内紛

 嘆きの壁が、ユダヤ教徒の聖地であることは、日本でもよく知られている。他方、嘆きの壁の管理をめぐり、ユダヤ教の宗派間で対立・確執があることはあまり知られていない。嘆きの壁については、厳格な戒律を守るイスラエルの超正統派が管理・運営してきた。そのため、男女は別々の区画で礼拝するようになっている。他方、米国の改革派や保守派など穏健派のユダヤ教徒らは、米国での女性解放運動の影響もあり、男女共用の礼拝場所の設置や今は禁止されている女性ラビがトーラーを朗読することを認めるよう求めて、両勢力は対立してきた。

 こうした中、6月25日、イスラエル閣議は、嘆きの壁の南部分に、ユダヤ教徒の男女が一緒に礼拝できる区画を作るとした政府決定(2016年1月)を凍結した。ネタニヤフ首相は、同問題を継続して協議する閣僚を指名し、すべての宗派を満足させる選択肢を模索するとした。しかし、凍結決定に対して在米の改革派・保守派のユダヤ教徒組織が強く反発した。一部の団体は26日に予定されたネタニヤフ首相との会食をキャンセルし、これまでのイスラエル支援政策を見直すと息巻く団体も出てきている。イスラエルのメディアの一部は、連立内閣を維持するためにネタニヤフ首相は在外のユダヤ人を見捨てたと非難した。イスラエル国会(120議席)の中で、与党である宗教政党2党は13議席を有している。

 2016年1月、閣議は男女が一緒に礼拝できる場所を設置することを決定したが、その後、与党の宗教政党の反対もあり実際の作業はほとんど進んでいなかった。そのためしびれを切らした米国の穏健派のユダヤ教徒らは2016年9月、最高裁に政府が男女が一緒に礼拝できる区画を設置するよう求める訴えを起こしていた。6月25日、宗教政党シャスのデリ党首は、改革派らが最高裁に提訴したことで妥協の選択肢が消えたと述べている。6月27日、米国のフリードマン駐イスラエル大使は、嘆きの壁に男女共用の礼拝用の区画を作る問題については、自分は中立の立場であると述べた。同大使は、イスラエルに赴任した際、テルアビブ空港から大使館ではなく嘆きの壁に直行したほどの敬虔な正統派のユダヤ教徒であるが、両者の確執に巻き込まれることを回避している。

評価

 ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」は、東エルサレムの旧市街にある。そのため厳密には、嘆きの壁は、占領地(西岸)にある。しかし、イスラエルは東エルサレムを自国領に併合しており、嘆きの壁はイスラエル領内にあると主張している。米国を含む国際社会は、嘆きの壁がどこに所属するかは、イスラエルとパレスチナの交渉によって決定されるとの立場である。嘆きの壁が今後どの国の主権下に置かれるかは、政治が解決する問題である。他方、嘆きの壁がどこの主権下に置かれるとしても、ユダヤ教宗派間では壁の管理をめぐる抗争が継続するだろう。

 米国のユダヤ教徒の主流派である改革派ユダヤ教徒は、超正統派だけが独占的に聖地を管理・管轄することに不満である。両者の対立の象徴が、現在厳密に区別された男女の礼拝区画をめぐる論争である。この宗派間の抗争が、一定線を越えて加熱すると、ユダヤ教徒内の紛争であるが、同時にイスラエル人と米国人の確執の様相を見せる場合がある。イスラエルの超正統派は、米国人が、イスラエルの国内問題に不当な干渉をしていると感じて、強く反発する。他方、米国のユダヤ教徒たちは、自分たちがこれほどイスラエルを支援しているにもかかわらず、イスラエルは在外のユダヤ人のことを真剣に考えていないと反発するのである。

 嘆きの壁での礼拝方式をめぐる抗争は、宗教問題であって政治問題ではない。そのためイスラエル政府ができるのは、対立する宗派間の調整程度かもしれない。在米ユダヤ人の多くは、イスラエルのパレスチナ占領に批判的である。その米国で、従来通りのイスラエル支持の立場を維持しているのがユダヤ教関係の諸団体である。これらの団体とイスラエルとの関係が悪化する場合、米国内でのイスラエル支持がさらに減少するかもしれない。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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