中東かわら版

№57 パレスチナ:深まるガザの経済危機

 6月14日、パレスチナ自治政府(PA)は、2007年に起きたガザでのファタハとハマースの武力衝突から10周年にあたり声明を発表し、ハマースのガザ統治はパレスチナ人にとって第二の「ナクバ」(大災害)であり、ハマースはガザを耐え難い地獄に変えたと非難した。同日、イスラエルの人権擁護機関で、占領地でのイスラエル軍の行動を監視している「ベツレム」は、ガザの状況が危機的状況にあると警告した。またイスラエルの医師たちが組織する人権擁護団体は、PAがガザにある公立病院・施設への予算を削減した結果、ガザにある13の公立病院、53のケア・センターでの医療活動が困難になり、重症患者や新生児などの治療ができなくなると懸念を表明した。

 ガザで電力危機、医療危機が起きているのは、PAが4月からガザに対する財政支出を大幅に削減したことによる。PAは、ハマースがガザの統治を継続するのであれば、行政経費や住民サービスも自分の財源で支払うよう求めた。ハマースは、PAを非難しているだけでPAの要求に対応する動きはしていない。こうした中、ガザ地区のハマース政治局局長サンワールは、6月4日、エジプトを訪問し、エジプト当局者とガザの状況について協議した。エジプト側は、ハマースのガザ統治停止、エジプトとの国境管理の強化、指名手配犯の引渡しなどをハマースに求めており、ハマースにとって何の成果もない訪問だったと報道されている。

 カタルとサウジなどGCC諸国の対立激化は、カタルのハマース支援にも影響を与えている。6月はじめには、カタルは外圧を受けた結果、カタル国内にいた一部のハマース幹部を国外に出国させたと報道された。ハマースは、カタルが幹部を追放したとの報道を否定し、政治局員の選挙の結果、一部幹部がカタルからトルコ、レバノン、マレーシアなどに移動したと説明している。こうした中、6月6日、フランスを訪問したサウジのジュベイル外相は、記者会見で、カタルは、エジプトのムスリム同胞団とパレスチナのハマースに対する援助を停止しなくてはならないと主張した。ハマースは、ジュベイル外相発言を批判しているが、すでに5月末時点で、サウジとハマースの関係が悪化していると報道されていた。

 イスラエルは、ガザの経済・社会状況が悪化することを歓迎していない。イスラエルは、窮地に陥ったハマースが、対イスラエル軍事攻勢に出ることを懸念している。イスラエルは、PAがイスラエルに要請したガザへの送電の4割削減についても慎重に対処した。6月11日、イスラエルの治安閣議は、イスラエル軍などと協議した後、PAが要請したガザへの送電削減をようやく了承した。ネタニヤフ首相は、イスラエルはPAの要請を受けて送電を削減するのであり、ガザの電力危機は、パレスチナ内政の問題であってイスラエルは無関係であるとイスラエルの立場を説明している。リバーマン国防相も、ガザの電力危機は、パレスチナ内部の問題であると発言している。その一方で、イスラエル軍は、南部での警戒体制を強化したと報道されている。

評価

 ガザの一般家庭の通電時間は、1日2~3時間になったようだ。電力危機は、医療危機、飲料水危機など複合的な危機を生み出しつつある。ハマースは、住民の生活環境や経済状況を向上させることは自分たちの責任だと考えていないので、PAを非難している。もしガザをPAが統治しているのであれば、ガザが現在のような状況になった場合、アッバース大統領やPA非難の大合唱になっているはずである。しかし、ハマースの統治するガザでは、公の場でのハマース批判の声はない。これは、ハマースが統治するガザでは、住民が不満を表明できない政治が行われていることを示している。

 これまでハマースを政治的、財政的に支援してきたカタルは、他のGCC諸国との対立激化によりハマースに対する新たな援助を行えない状況にある。トルコは、カタルと他のGCC諸国の関係を仲介する用意は表明しているが、ガザのハマースに対する新たな支援は表明していない。ハマースが、これまでの政策を変えないのであれば、別の支援者(イランとの関係修復)を探すか、イスラエルとの軍事衝突に突き進むしか選択肢はないだろう。ハマースが、イランからの支援に依存するようになれば、域内に生まれつつある「シーア派対スンニ派の対立」という宗派対立の構図が、両者ともスンニ派であるPAとハマースの政治的な対立に持ち込まれることになる。ハマースが、イスラエル軍との軍事衝突に活路を見出そうとするのであれば、2014年の夏のように4桁(国連統計では2256人)のパレスチナ人死者が出るかもしれない。国連の統計では、ハマースがガザ統治を開始した2007年以降のイスラエル軍との戦闘での死者累計は4905人になる。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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