中東かわら版

№56 シリア:イラクとの国境地域の緊張が高まる

 2017年5月半ば以降、シリアとイラクとの国境地帯を巡り、政府軍とアメリカ軍との緊張が高まった。アメリカ軍はシリアとイラクとを結ぶ街道上のタンフに向けて進軍するシリア軍を複数回爆撃したほか、タンフ付近に設置した拠点に高性能の機動式ロケット弾自走砲「ハイマース」をヨルダン領から移動した。これに対し、政府軍はタンフを迂回してイラクとつながる陸路を確保し、イラク軍と国境地帯での作戦の連携を進めた。

図:2017616日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

緑:シリア政府

赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」なる連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

赤点線内:「反体制派」(主にアメリカ軍からなる各国の特殊部隊の保護を受けており、実質的にはアメリカ軍)

1.政府軍はアレッポ県東部で主要拠点を「イスラーム国」から解放し、ラッカ県西部の街道・石油施設の制圧を進めつつある。

2.「民主シリア軍」が東西からラッカの市街地に進撃し、「イスラーム国」と交戦中。ロシアよりの報道機関は、「イスラーム国」が、「民主シリア軍」や同派と共闘するアメリカ軍と協議の上でラッカ市から主力をダイル・ザウル方面に転出させているとの陰謀論的情報を報じている。

3.政府軍がパルミラ南部、東部で制圧地を拡大し、一部はイラクとの国境に達した。また、ダマスカスとパルミラとを結ぶ街道や交差点も政府軍が解放した。

4.タンフを占拠するアメリカ軍と、同地へと進撃を試みる政府軍との緊張が高まっている。アメリカ軍は拠点の増設やロケット弾自走砲の配置を進め、占拠地域の確保に努めている。

5.「イスラーム国」が主力を結集してダイル・ザウル市の政府軍拠点への攻勢を強めているが、さしたる戦果は上がっていない。

 

評価

 「イスラーム国」の敗勢が明らかになると、アメリカ軍などがヨルダンからシリア領に侵入し、イラクとの国境地帯を占拠し始めた。これは、イラク側でも「イスラーム国」の掃討が進み、「親イラン」のイラク政府軍や人民動員などの民兵の制圧地域とシリア政府軍の制圧地域とが陸路で連結し、「イランの影響力が伸長すること」を阻むための行為と考えられている。これに対し、政府軍もイラクとの国境地域に進撃し、広範な地域を解放した。一部はタンフを通過する幹線道路を迂回してイラクとの国境に達し、ロシアの報道によると、この経路を通じて既にイランからの兵器が「安定的に」シリアに供給されるようになった。

 5月初頭にロシア、イラン、トルコが設置に合意した「緊張緩和地域」では、ダラアを除く各地での政府軍と「反体制派」との戦闘は小康状態だった。政府軍がダラア市で攻勢をかけているが、これはヨルダンとの国境通過地点を解放するための作戦である。

 一方、「反体制派」諸派同士の交戦が日常化しており、「ヌスラ戦線(現:「シャーム解放機構」)がイドリブ県で「自由シリア軍」の一派を名乗る「第13師団」を打倒・解体した。ダマスカス東郊でも「イスラーム軍」と「ヌスラ戦線」との交戦が散発する中、占拠地域が徐々に政府軍に奪回されている。また、トルコ軍の指揮下にある「反体制派」諸派は、アレッポ県北部でクルド勢力を盛んに攻撃している。このように、アメリカ軍、トルコ軍と両軍の配下の武装勢力諸派の動きは、「アサド政権打倒」とも「「イスラーム国」対策」とも本質的には無関係の行動となっている。これは、これらの当事者がシリア紛争の争点だったはずの「アサド政権打倒」とも「「イスラーム国」対策」とも異なる利益を追及して振舞っていることを示している。

また、サウジなどがカタルと断交し、カタルの個人や団体を「テロ支援」の疑いで制裁対象に指定した件については、イスラーム過激派への資源供給経路のひとつと疑われていた「カタル慈善協会」が対象に含まれている。この点において、サウジとカタルとの対立が、「ヌスラ戦線」のようなカタルと関係が深い武装勢力の活動に影響を与える可能性があるが、いつ、どのように影響が出るかは未知数である。GCC諸国などからイスラーム過激派をはじめとする武装勢力諸派に向けた資源供給に大きな影響が出るようならば、「反体制派」諸派が資源や利権の確保を図って抗争を激化させることも予想される。

 

(主席研究員 髙岡 豊)

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