中東かわら版

№52 イラン:テヘラン襲撃事件を巡るサウジへの批判

 6月7日にテヘランで国会議事堂とイマーム・ホメイニー廟に対する襲撃事件が発生した件につき、イラン国内ではサウジアラビアへの批判が高まっている(襲撃事件については「イスラーム過激派:テヘランでの襲撃事件」『中東かわら版』No.50(2017年6月8日)

 イランの革命防衛隊は、「このテロ攻撃が米国の大統領と後方の指導者(サウジ)とが会談したわずか1週間後」に起きており、「彼らが残忍な攻撃に関与していることを示している」との声明を発出し、報復を行うことを誓った。また、イランのザリーフ外相はTwitter上で、「テロを支援する独裁者は我々の本土に戦いを持ち込むと脅迫している」と述べ、事件の背後にサウジがいると暗に示唆した。

 こうしたサウジへの疑惑は、事件前日の6月6日、パリ訪問中だったサウジのジュベイル外相が「イランは地域への介入およびアル=カーイダなどのテロ組織への支援について罰せられなければならない」と述べていたことにより、一層強まっている。

 他方、イランの諜報機関である情報省は、捜査の結果、襲撃犯5人について、「イスラーム国」に勧誘されてイランを出国した後イラクとシリアで犯罪を行っていたこと、2016年夏に「イスラーム国」の司令官であるアブー・アーイシャの指揮の下イランに入り込み聖地でテロ攻撃を行おうとしたものの失敗し、国外に逃亡していたことを明らかにした。アレヴィー情報相は、湾岸のアラブ諸国とイラク・シリアのテロ組織との関係は明確であるものの、現段階で今回の攻撃にサウジが関与していることを示す証拠は何もないと述べ、冷静な対応を呼びかけた。

 

評価

 アレヴィー情報相が指摘するように、今回の事件にサウジが関与しているという主張は根拠が薄弱である。情報省は実行犯の出身地域なども把握しているようであるが、治安上の理由により公開を避けるとの声明を出している。これは、スンナ派の居住地域など特定の宗派や民族の出身者であった場合、国内で宗派・民族対立が起きる可能性を危惧しているからであろう。国内の安定のため、明確な攻撃相手を示すことができない場合、敵を外に作り出すことはあらゆる国家の常套手段であるが、今回イラン国内ではサウジを標的にする論調となっている。

 カタルとの断交により湾岸諸国の分断が深まるなか(詳細は「カタル:サウジ等との外交関係断絶を巡る情勢」『中東かわら版』No.51(2017年6月8日)など)、イラン国内で反サウジ感情が高まったことは危険な兆候である。サウジ資本の『Al-Arabiya』は、エジプトの情報源として革命防衛隊がカタルのタミーム首長を守るために宮殿内に部隊を派遣していると6月7日に報じた。これはサウジ側によるプロパガンダと見られるが、革命防衛隊側がこれを機に、カタルの意思を問うことなく、カタルへの支援を表明して事態に介入してくるようであれば、地域の緊張は格段に高まることになる。イラン政府としては湾岸諸国内の紛争については静観する構えを見せているものの、政府の統制下にない革命防衛隊は、ロウハーニー政権の意向を無視して独自に行動する可能性がある。

 カタルの親イラン的な姿勢を問題視するサウジアラビアにしても、実際にイランが介入し、カタルがイラン寄りの立場を示すようなことがあれば、カタルに妥協することが難しくなり、断交問題の解決はさらに遠のくことになる。6月8日、サウジ等4カ国はカタルが過去に支援したことのあるテロ支援者のリスト(59人と12団体)を公開し、カタルへの対応を迫った。リストの中にはカタルの王族や政治家も含まれており、これらをテロ支援者としてカタルが認めることはないだろうが、少なくともサウジ側が問題視している人物や組織が明確になった点で、カタル側も対応を検討することができるようになったと見ることもできる。しかし、ここにイランが関与してくれば、両者の間で対話を開く機運が削がれることになろう。

 米国のトランプ大統領はテヘランでの事件に対し、哀悼の意を表明したものの、声明の後段において「我々はテロを支援する国家は、彼らが助長する悪の犠牲者になるリスクがあることを強調する」と述べたことで、イランから強い反発を受けている。また、7日には米上院において弾道ミサイル、テロ支援、人権侵害などを理由とするイラン制裁法が賛成91、反対8の賛成多数で可決された。イランでテロが発生した日に新たな制裁法を可決することについては米上院内でも懸念が表明されていたが、これについてもイランからは強い批判が表明されている。既にサウジ・UAE寄りの姿勢を強調しているトランプ政権が、地域の緊張緩和において積極的な役割を果たすことは困難であろう。

(研究員 村上 拓哉)

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