中東かわら版

№50 イスラーム過激派:テヘランでの襲撃事件

 2017年6月7日、テヘランでイランの国会議事堂とホメイニー廟に対する襲撃事件が発生、13人が死亡した。事件については、襲撃犯の人数や襲撃の方法などについて情報が錯綜しているが、「イスラーム国」の自称通信社「アアマーク」が実況中継風に複数の短信を発信した。また、「アアマーク」は襲撃中の国会議事堂内部と称する動画(約20秒)も発信した。さらに、「イスラーム国 ペルシャ」名義の犯行声明も出回った。

 

画像:「イスラーム国 ペルシャ」名義の犯行声明。「速報:5人の特攻要員がテヘランの多神崇拝議会庁舎とホメイニー廟に突入」と題する。特攻要員5人がマシンガン、手榴弾、爆弾ベストで武装して国会とホメイニー廟を襲撃したと主張している。また、「諸国の紛争に害悪を及ぼす多神崇拝ラーフィダ(=シーア派の蔑称)」への攻撃であり、それはペルシャの地にアッラーの法が樹立するまで続くと述べる一方で、国際情勢や「イスラーム国」対策におけるイランの役割などについては全く触れていない。

 

評価

 今般の事件は、「アアマーク」が襲撃現場の模様と称する動画を発信している。これは、襲撃犯の中に「アアマーク」と連絡をとることができる者が含まれた可能性があることを示しており、単に短信を発信するだけの場合と比べて事件への「アアマーク」や「イスラーム国」の関与の程度が高いと考える材料となろう。その一方で、「イスラーム国」を含むイスラーム過激派の広報では、声明などの発信者や流通経路が真正である(=声明類が「本物である」)か否かということと、そこに記された内容が事実であるか否かということは全くの別問題であることに留意すべきである。「イスラーム国」が週刊誌・月刊誌・動画などで事件への関与を証明する情報を発信できるか、イラン当局が正確な捜査を行いその情報を公表できるかが今後の焦点となろう。「イスラーム国」がテヘランで作戦を実行できるほどイランに浸透していたか、イラン国内に実行犯を支援した何者かが存在したかについては、憶測以上の情報は見当たらない。その一方で、「イスラーム国」は月刊誌のペルシャ語版を発行するなど、ペルシャ語やイランの事情に通じた構成員の存在をうかがわせる活動を繰り返している。実際、2015年8月の時点でイラン出身者を思わせる名前を名乗る者が殉教作戦を実行したとの声明を発表しているし、2017年3月にも複数の構成員がペルシャ語でイランに対する脅迫・攻撃扇動演説を行う広報動画を発信している。

 「イスラーム国」は、シーア派への敵意を再三表明してきたが、実際にイランの中枢部で攻撃を行ったと主張したことはこれまでなかった。シーア派に対する敵意の表明や攻撃は、スンナ派のイスラーム過激派にとって、本来の敵である十字軍やシオニストとの戦いのための資源を分散させるものとして忌避すべき行為とも考えられてきた。これが、2000年代以降イラク戦争などを契機に、十字軍・シオニストよりもラーフィダ(=シーア派)のほうが有害であり、彼らへの攻撃を優先すべきであるとの行動様式が強まってきた。イスラーム過激派にとって、シーア派との戦いを強調してイランやその同盟勢力だけを攻撃することには、欧米諸国などイランを敵視する諸国からの非難・攻撃を避けることができるという効果を期待することができる。また、欧米諸国の一部にもイランとイスラーム過激派を争わせることを自らの利益になると考える風潮もある。このため、「イスラーム国」がイランに対する攻撃を強化することによって、欧米諸国に対し存在価値や利用価値を示し、欧米諸国による「イスラーム国」対策の鋭鋒を鈍らせたいと考えているとの分析もありうる。しかしながら、「イスラーム国」は最近のイギリスでの攻撃を始め、欧米諸国においても攻撃を実施したと主張する広報を盛んに行っており、同派の広報は「イスラーム国」以外の存在全てに敵意を向けるものとなっている。最近の諸般の攻撃事件は、一見すると「イスラーム国」の活動場所や攻撃対象が拡大・多様化しているかのように見えるが、実際には、従来から「イスラーム国」が活動するための基盤が存在している場所で、戦略どころか最低限の戦術的な思考をも欠いた攻撃を行っているように思われる。

(イスラーム過激派モニター班)

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