中東かわら版

№33 シリア:各地の戦闘状況

 シリア紛争は、4月のアメリカ軍によるシリア軍に対する巡航ミサイル攻撃が一過性のものに終わった後、それ以前の戦況の傾向を継承する形で推移した。

図:2017522日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「シャーム自由人運動」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

緑:シリア政府

赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」との連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

 

1.政府軍がアレッポ県内の「イスラーム国」の占拠地域を徐々に解放中。アレッポ県内の「イスラーム国」の拠点はマスカナ市のみとなっている。

2.アメリカが支援するYPGを主力とする「民主シリア軍」がラッカ市近郊で進撃中。「民主シリア軍」は、ユーフラテス・ダムと隣接するタブカ(サウラ)市を奪取した。

3.政府軍が「イスラーム国」による包囲解除のために度々攻勢をかけているが、目立った成果は上がっていない。

4.政府軍がパルミラ周辺で制圧地域を拡大中。パルミラ北西の油田・ガス田地帯を制圧したものの、ダイル・ザウル方面への進撃は停滞している。

5.政府軍がダマスカス東郊での「反体制派」掃討を進め、複数の街区で「反体制派」武装勢力などの退去が実現した。「反体制派」は、サウジの支援を受ける「イスラーム軍」と「シャーム解放機構」などとの抗戦が激化し、占拠地域内の民間人にも大きな被害が出た。

6.アメリカの配下の武装勢力がヨルダン・イラクとの国境に沿ってユーフラテス川方面に進撃した。これに対し、政府軍はダマスカス郊外県、スワイダ県の東方へ進撃し、ダマスカスとバグダードとを結ぶ街道沿いの要地を制圧した。この地域にはアメリカを含む外国の特殊部隊も多数潜入しており、アメリカ軍は「防衛のため」と称してイラクとの国境通過地点があるタンフへと向かっていたシリア軍の車列を爆撃した。

 

評価

 54日にカザフスタンのアスタナで開催された会合で、ロシア、トルコ、イランがシリア国内に4カ所の「緊張緩和地帯」を設置することで合意した。「緊張緩和地帯」に指定されたイドリブ県とその周辺、ホムス市北方、ダマスカス市東郊、ダラア県では一応戦闘が下火になったが、ホムス市、ダマスカス市東郊では「反体制派」武装勢力の退去が進み、ホムス市では「反体制派」が最後の占拠地から退去した。もっとも、これまでもシリアでは度々「停戦」合意が成立してきたが、「停戦」期間中「反体制派」が体勢を立て直し、「イスラーム国」と戦う政府軍の背後をつくことを繰り返してきた。現在の諸当事者の軍事行動は、「イスラーム国」が占拠している幹線道路や交通の要衝をいずれが制圧するかを競う状況となっている。ダマスカスとバグダードを結ぶ街道と、同街道上の要地であるタンフを政府軍とアメリカ軍配下の「反体制派」武装勢力とが争っている事例がこの典型である。アメリカ軍の配下の武装勢力は、ヨルダン・イラクとの国境地帯を制圧しつつダイル・ザウル県への進撃を目指しているが、これは政府軍の制圧地域と内陸部や隣接するヨルダン・イラクとの連絡を絶つという戦略的な意味がある。

 一方、政府軍にとっては、内陸部やヨルダン・イラクとの連絡の確保と並び、ダマスカスとアレッポとを結ぶ街道の回復が重要となろう。東西南北を結ぶ幹線道路を確保し、ダマスカス、アレッポという大都市の経済活動を回復させることは、ユーフラテス川沿岸や北東部のような農業地帯、辺境地域に対し、政治・経済的求心力を回復する上で不可欠である。「イスラーム国」や「反体制派」にとっては政府が求心力を回復することを阻止するのが重要であり、政府軍の進撃を阻むために、「緊張緩和地帯」を占拠する「反体制派」も早晩新たな攻勢を仕掛けることとなろう。「反体制派」と「イスラーム国」とが政府軍の制圧地を挟撃するという戦略的配置は、アメリカなどが支援する「反体制派」武装勢力がユーフラテス川沿岸の「イスラーム国」の拠点を奪取すれば、シリア紛争の中で一層その意義を高める可能性がある。ただし、アメリカなどが「反体制派」を統制してより効果的に紛争に干渉するためには、イドリブ県、ホムス北方、ダマスカス東郊、ダラア県を占拠する「反体制派」から、シリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派を排除することが不可欠である。このため、「反体制派」武装勢力間での抗争が激化することも予想される。「反体制派」武装勢力間の抗争が決着しないまま長期化すれば、「反体制派」が政府軍の制圧地を挟撃するという戦略的配置を生かすことができないまま、政府軍が東方への進撃やダマスカス・アレッポ街道上の要衝の奪取のような戦果を上げることもありうるだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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