中東かわら版

№30 イラク:対「イスラーム国」戦闘の近況

 イラク軍は、モスルで「イスラーム国」をチグリス川右岸の旧市街地の一部に追い詰めたと発表した。これに対し、「イスラーム国」はモスル市内だけでなく、サラーハッディーン県、アンバール県などでも自爆攻撃を多用し、戦果を上げていると主張した。また、517日には「イスラーム国 ニナワ州」名義でカナダ人、イギリス人らの自爆攻撃の模様や、ベルギー人、ロシア人らが欧米諸国での単独犯による攻撃を扇動する演説を収録した広報動画を発表した。

 

  1. 戦闘は、モスル市の旧市街の諸街区が中心となっており、「イスラーム国」は連日自爆攻撃を多用して抗戦している。今後さらに20万人近い住民が避難するとの予想もある一方で、「イスラーム国」が住居の入口に地雷を埋設するなどして住民の逃走を妨害しているとの情報もある。
  2.  アンバール県ハディーサ、ルトゥバなどで「イスラーム国」による襲撃事件が発生しているが、拠点を制圧するような戦果を上げるには至っていない。
  3.  バグダードとその周辺では、シーア派の祝祭の機会や、繁華街などで「イスラーム国」による爆破事件がしばしば発生している。

 

 

 

評価

 

イラク軍や、アメリカが率いる連合軍からは、モスルの「イスラーム国」を完全に追い詰め、5月中にも同地を制圧可能との楽観的な見通しが出始めている。また、イラクの政界においても、「イスラーム国」を鎮圧後の、アメリカ軍をはじめとする外国部隊の駐留についての外交交渉が取り沙汰されるようになっており、全般的な情勢は「イスラーム国」後を見据えたものとなりつつある。「イスラーム国」にとっても、多数の人口を擁し、資金などの収奪源としては最大規模だったモスルを喪失する打撃は非常に大きいだろう。実際の同派の広報活動においても、モスルで外国人戦闘員を含む自爆攻撃や殉教者紹介が増加しており、殉教を称揚する影で「人員整理」のような様相を呈している。

 

一方、アンバール県を中心に依然として「イスラーム国」による襲撃事件が発生しており、同地域の情勢は不安定である。これは、ユーフラテス川沿岸の地域のシリア側の大部分が依然として「イスラーム国」に占拠されており、この地域と隣接するアンバール県の情勢に影響を与えていること、イラク・シリア・ヨルダンの国境地域のシリア側において、アメリカなどが支援する「反体制派」とシリア政府軍とが制圧地の拡大を競っている状況にあることが関係していると思われる。今後は、イラク政府やそれを支援する連合軍にとっても、シリアとの国境地域の制圧とその後の治安・社会情勢の管理が焦点となるだろう。

今後、イラクの政情においては20184月に予定される国会議員選挙の準備や、部族兵やシーア派民兵を「国家警備隊」などの形で国家の機構に取り込む問題、クルド地区政府の政治・財政の破綻、同地区の独立を巡る動きなどが重要課題として浮上するであろう。しかし、これらのいずれも、2014年に「イスラーム国」がイラクの広範な地域を占拠する以前からイラクの政治過程の中で重要問題となっていたことから、「イスラーム国」の盛衰とイラクの政界の問題解決能力の欠如との間の因果関係は必ずしも強くはない。「イスラーム国」後のイラクや地域の情勢を好転させるには、「イスラーム国」がイラクにとってどのような存在であったかの総括と、その総括に基づき今後同種の運動の再来を防止するための対策が必要であろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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