中東かわら版

№2 シリア:イドリブ県で化学兵器使用の疑い

 201744日、「シリア人権監視団」(本部ロンドン。「反体制派」を支援する広報活動を行う)は、イドリブ県ハーン・シャイフーン市が、化学兵器を使用したと思われる爆撃を受け、58人が死亡したと発表した。さらに、攻撃による負傷者を搬送した病院も攻撃を受けた。現地で活動する医療団体などの主張によると、その後死者数は100人に達した。

 アメリカ、フランスなどは、攻撃はシリア政府軍の責任であるとの立場をとり、欧米諸国の一部が国連安保理の緊急会合の開催を要請した。一方、シリア軍総司令部と同国外務省は各々声明を発表し、化学兵器を用いた攻撃を行ったとの情報を否定、シリアは化学兵器を保有していないし、これまでも現在も使用したことはないと主張した。シリアの外務省は、化学兵器使用についての疑惑や否定はシリア軍がテロ組織に対し戦果を上げた後に浮上する「お決まりの」キャンペーンであると指摘した。また、ロシア軍は、同軍の航空機は当該地域で作戦を行っていないと発表した。また、「ヌスラ戦線(現「シャーム解放機構」)」は、攻撃を犯罪と非難すると共に、武装勢力諸派に対し諸戦線で全面的な攻勢に出るよう扇動した。

シリア紛争については、ロシア・トルコ・イランを中心とする「停戦」の働きかけ(アスタナ会合)、国連が主宰する対話会合(ジュネーブ会合)をはじめとする紛争の政治解決に向けた努力が続いている。また、最近アメリカ政府の高官が、優先事項は「イスラーム国」対策であり、アサド政権放逐は現在の優先事項ではないと表明するなど、紛争を巡る国際環境に変化が生じつつあった。

 

評価

 最近、アメリカ、EUはアサド政権の放逐に対する立場を後退させ、紛争の現実に目を向けて当座アサド政権が存続することを前提とする態度を表明していた。そうした状況下で発生した今般の化学兵器使用疑惑は、シリア紛争への各国の態度や政策を試すものとなろう。シリア政府軍を「クロ」とみなし、安保理での制裁決議や、いずれかの国による軍事行動のような事態に至れば、従来の流れとは異なり「イスラーム国」を放置してシリア政府に対する攻撃や対処が優先事項となろう。一方、シリア政府の側から見れば、紛争での軍事的優位が確定し、国際環境にも好転の兆しが見える中、ここでわざわざ大量破壊兵器を使用することは自殺行為に等しい不合理な行為である。このような事態には、国連の化学兵器に関する調査団がダマスカスに滞在中に、今般と同様の化学兵器使用疑惑が発生した2013年夏の事例と通底するものがある。ただし、シリアの軍事情勢、「イスラーム国」を巡る動向、そしてシリア紛争を取り巻く国際環境は、欧米諸国やトルコ、サウジ、カタルなどアサド政権打倒を目標としてきた諸国が、政権打倒のために自らの資源を投じる用意も、政権打倒後のシリアの内外の秩序の構築に関する構想も実現手順もないにも拘らず中途半端に紛争に干渉した結果ともいえる。このため、例え各国が今般の疑惑についてシリア政府を「クロ」と非難しても、実際に何らかの行動を起こすとは限らないだろう。シリア政府に対する非難は、今後長期間にわたりシリア政府の正統性を否定する材料となり、紛争終結後の政治過程や経済復興などを方向付ける効果を持つだろう。

 「反体制派」は、2013年の場合と同様、今般の疑惑を足がかりに欧米諸国がシリア紛争に対する態度を「反体制派」にとって好ましい態度に変更するよう働きかけるだろう。欧米諸国は、アサド政権に対する立場を後退させる一方で、「反体制派」に向けても政治組織への財政支援打ち切り、武装勢力向け軍事援助の停止などを行っている。また、従来は「穏健な反体制派」として放任・援助してきた「ヌスラ戦線」(=シリアにおけるアル=カーイダ)にもアメリカ軍が爆撃するなど、態度を変更しつつある。そうした中、「ヌスラ戦線」を主力とする「反体制派」は3月中旬以降ダマスカス東郊やハマ県北部で大規模な攻勢をかけた。攻勢そのものは、現時点では全ての方面で不調であり、化学兵器使用疑惑は、「反体制派」の全般的な不調・退潮という文脈の中で発生した事件であるということができる。

 しかし、それ以上に留意すべき問題は、シリア紛争、特に「現地の情報」と称する情報は、そのほとんどが紛争当事者が相手方を貶めるためのプロパガンダとしての性質を帯びていることである。すなわち、シリア政府の報道機関であれ、「シリア人権監視団」のような団体であれ、紛争の中での利害関係を反映して情報を発信していることについては大差はない。この点については、「現地入り」に際し、取材現場を制圧・占拠している勢力や、「現地入り」に便宜を図り同行している主体と一定の意思疎通が必要であることに鑑みれば、国際的な報道機関やフリー記者が発信者の場合にも注意すべきであろう。

 今般の疑惑については、その政治的・軍事的帰趨を予見するには時期尚早である。その一方で、シリア紛争に関する情報の発信と受容について、再点検する契機にすべきである。

(髙岡上席研究員)

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