中東かわら版

№195 イラク:モスル奪回作戦での民間人の犠牲者

 国連人権理事会は、2017217日にイラク軍などがモスル西部の奪還作戦を開始して以来、約400人の民間人が死亡していると発表した。発表によると、このうち95人は323日~26日の間に死亡した。同理事会は、アメリカなどからなる連合軍に対し、民間人の犠牲を最小限にするべく戦術を見直すよう呼びかけると共に、モスル西部を占拠する「イスラーム国」が住民を人間の盾として利用していると指摘した。これについて、アメリカ軍は民間人の犠牲者が出ている地域を爆撃したことを認める一方で、犠牲者が出ているかは判然としないため調査していると表明すると共に、連合軍を非難したり、作戦の進行を遅らせたりする目的で、「イスラーム国」が民間人のいる建物を爆破していると主張した。

 イラク政府は、2月の段階でモスル西部から20万人以上が避難したと発表している。一方、国連はモスルのうち「イスラーム国」が占拠する地域には依然として約60万人の住民がいると発表している。

 

評価

 東部の奪回作戦を含めると、モスルの市街地で戦闘が激化したのは201610月以降のことであり、それ以来住民の避難や民間人の死傷者についての情報が度々発信されている。また、奪回作戦開始の時点で同地には150万人の住民がいると推定されており、彼らが避難する、戦闘に巻き込まれる、「イスラーム国」によって人間の盾として利用される、などの形で相当な規模で人道危機が発生することが予想されていた。

 しかし、モスルでの民間人の犠牲についての報道や戦闘当事者に対する非難の声は、その規模や深刻さに比して大きいとはいえない。例えば、シリアのアレッポなどの戦闘で民間人被害について広報活動を行った「ホワイト・ヘルメット」のツイッターアカウントには98852件、アレッポの状況について英語で情報を発信した少女アービド・バナーのアカウントには36783件のフォロワーがいるのに対し、モスルでの民間人被害について発信するアカウントのひとつである「Mousl Eye」には17693件のフォロワーがいるに過ぎず(注:いずれも2017329日午前11時現在)、SNS上の関心の程度は文字通り「桁が違う」。

「イスラーム国」も、最近は自称通信社「アアマーク」などを通じてモスルでの民間人被害についての情報を発信するようになっている。そうした中でモスルの人道状況についての国際機関や報道機関による発信が低調で、国際的に関心が払われない、という状況が続くようであれば、モスルでの民間人被害の情報は「イスラーム国」やその支持者・ファンらがイスラーム過激派の行動を正当化するための材料として「活用」することになろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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