中東かわら版

№190 モロッコ:ムハンマド6世国王がベン・キーラーンPJD党首への首相指名を取り下げ

 2016年10月の議会選挙での公正開発党(PJD)の勝利後、ベン・キーラーンPJD党首(首相)はムハンマド6世国王の組閣要請を受けて各党との連立交渉を開始した。しかし5カ月が経過した3月に入っても連立内閣を形成できないでいた。そして3月15日、王宮府は、ベン・キーラーンPJD党首の首相指名と組閣要請を取り下げるという異例の声明を発出した。以下は王宮府声明の要旨である。

  • ムハンマド6世国王は2016年10月7日の選挙結果に基づき、ベン・キーラーンを首相に指名した。
  • 国王は何度も同首相に速やかに組閣を完了するよう命じた。しかし国王がアフリカ諸国歴訪から帰国した後も組閣は完了しておらず、また完了する兆しはなかった。
  • 憲法で定められた国王の権限に基づき、国王は憲法と国益の守護者として、国政の停滞への懸念から、PJDの他の人物を首相に指名することを決定した。近日中に新首相を指名し、組閣を命じる。
  • 憲法の文言と精神が国王に付与したあらゆる選択肢の中から、民主的選択を定着させ、我が国が達成してきた民主主義を守るため、国王は今次決定をなされた。
  • 国王は、アブドゥルイラーフ・ベン・キーラーンの首相在任中に示した責任感と愛国心を称賛する。

 上記声明にある通り、近日中に国王はPJDから新首相を指名すると思われる。PJDは国王決定を受け入れると表明している。

 

評価

 5カ月間も組閣が滞った直接の原因は、PJDと連立交渉を行っていたRNI(独立国民連合)が、PJDが受け入れ難い要求を入閣の条件として提示したためである。議会選挙でPJDと争い第二党となったPAM(真正近代党;親王室派)は、早々にPJD連立内閣への参加を拒否した。ベン・キーラーン首相は次期連立内閣は現在の連立相手で構成するとし、MP(人民運動;親王室派)、PPS(進歩社会主義党;左派)、PI(イスティクラール党;ナショナリスト)との連立を決めた。しかし全395議席の過半数連合を形成するには、さらに別の政党と組む必要があり、PJDは親王室派のRNIと交渉を開始した。RNIでは、選挙での議席減の責任をとり党首を辞任したミズワールに代わり、国王の友人として知られるアジーズ・アフヌーシュが新たに党首に就任していた。アフヌーシュはベン・キーラーンに対して、入閣の条件として、親王室派の政党であるMPとUC(憲法連合)、そしてPJDを批判してきたUSFP(人民勢力社会主義同盟;左派)をセットで入閣させることを提示した。さらに、PJD政権の重要な連立相手であるPIを連立から外すことも条件として突きつけた。ベン・キーラーンとアフヌーシュの交渉はこの2点の条件で行き詰まってしまった。

 このような組閣交渉の行き詰まりは各党の利害関係の衝突のように見えるが、王室とPJDの権力対立という大きな構図で捉えることができる。2011年の議会選挙で政権の座を獲得したイスラーム主義のPJDは、2015年の地方議会選挙、2016年の下院選挙で、PAMに著しい躍進を許しつつも第一党を維持し、有権者から一定の支持を得ていることを内外に示した。王室や新王室派政党は、イスラーム主義のPJDが連立政権内で大きな影響力をもつことを防ぐため、PJDの動きを制約する役割として新王室派政党やUSFPを「セット」で入閣させることを要求したと考えられる。

 今後は国王がPJDからどの人物を首相に指名するかが注目されるが、連立交渉に決着をつけるためには、政策面で王室に受け入れられる人物、王室と個人的繋がりがある人物が指名されると思われる。ベン・キーラーンが親王室派との組閣交渉に失敗した後に、親王室派と良好な関係を維持できる人物がPJD内から首相に選ばれるのであれば、PJD内に亀裂が生じることも考えられるだろう。

(研究員 金谷 美紗)

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