中東かわら版

№189 シリア:「反体制派」の末路

 2017315日付のレバノンの『ナハール』紙(キリスト教徒資本)は、紛争終結までに複数年かかる可能性があっても、シリア紛争は「最終段階」を迎えたとして要旨以下の通り報じた。

  • シリア紛争の局面を変えた要因には国際的な環境の変化が挙げられる。一つは紛争に対するトルコの立場の根本的な変化である。エルドアン政権は、2016年夏のクーデタ未遂事件以後の国内掌握や憲法改正を通じた権力の強化に多大な労力を要するため、外交的にはロシアやイスラエルとの関係を改善せざるを得なくなった。トルコの役割は(「反体制派」への軍事支援から)ロシア、イラン、シリア政府との直接・間接の連携を通じた衝突回避へと転じた。トルコはクルド人の自治がシリア領内に封じ込められるのならば、シリアから戦略的に撤退するであろう。

  • 上記のほかの環境の変化としては、シリア政府が(紛争に介入する)イランを制御不能となり、対応策としてロシアに頼るようになったこと、(「反体制派」やイスラーム過激派の支援者である)サウジがイエメンでの紛争に資源を回すようになったこと、石油価格の低迷、抵抗運動(注:シリア紛争で「反体制派」を支援する立場をとる者は「反体制派」の武装勢力をこのように呼ぶことが多い)とテロリズムが混同されるようになったこと、(「反体制派」の支援者・兵站拠点である)ヨルダンに対する政治・経済的な圧力が増していることである。

  • 「反体制派」は三つの傾向に分けることができる。第一は、世俗的な活動家や著名な「反体制派」の活動家たちである。彼らは紛争が激化するにつれて影響力を喪失し、現在は政府や「反体制派」武装勢力に捕らわれる立場となった。紛争収束の合意ができれば、この種の人々はシリアの政治に復帰するだろう。第二は、「反体制派」の政治組織の活動家たちである。彼らも政府と和解することになろうが、一部は政治に復帰するのによりよい機会を待ち、(在外での)反体制活動を続けるであろう。第三は、紛争の期間中、公共財を略奪・分配し、それが尽きた後は外国の支援に頼った者たちである。外国の支援に頼ったがゆえに、彼らはトルコやヨルダンに「作戦司令室」を設置した。今後、彼らはトルコやヨルダンに頼ってダラア県、イドリブ県、そしてアレッポ県北部に蟠踞する者、報道機関の関心や外部の支援をひきつけるためにシリア領内での闘争を続ける者、シリアに戻ることをあきらめ、トルコやレバノンに残留する者へと分かれていくだろう。

  • アサド大統領が地位に留まるようだと、シリアの再建を失敗させうる要因となるだろう。アサド大統領が国際場裏に復帰することは予想できず、アメリカはこうした状況ではシリアの再建に参加しないし、ロシアはシリア再建に必要な資金を持っていない。湾岸諸国がシリアに資金を戻すことは困難だろう。民間部門からの投資は治安のよい地域に集中しがちなので、これに頼ると治安が悪化した地域の復興が遅れ、そこでテロリズムが蔓延することにもなりかねない。

  • アサド大統領が地位に留まる場合、シリア難民の帰還の仕組みが構築されたとしても、シリアに帰還できない集団が生じるだろう。

 

評価

 今般の記事で留意すべき点は、シリア紛争の中で武装闘争を行っている主体であるクルド勢力やイスラーム過激派についての言及が乏しい点である。戦いの現場で活動しているのはこれらの勢力の者たちであるが、彼らの将来については、クルド勢力はトルコ、アメリカ、ロシアなどからの圧力を受け、自治などの民族主義的要求の一部で後退を強いられる可能性がある。イスラーム過激派については、「イスラーム国」、「ヌスラ戦線(現:「シャーム解放機構」)」、「シャーム自由人運動」のいずれも紛争後の政治的アクターとして生き残る可能性が低いと思われる。シリア紛争勃発当初に欧米諸国の政治体制や価値観に親和的なシリアが生まれることを期待した当事者も、シリア政府を支援した当事者も、イスラーム過激派の世界観や彼らが実現しようとする政治体制を容認することはできないだろう。シリア紛争の中で「イスラーム国」の存在感が大きかったため、同派と敵対すると考えられた武装勢力諸派はイスラーム過激派であっても「穏健な反体制派」に偽装して外国から容認・支援されてきたが、今後はそうした余地がますます小さくなっていくであろう。

 一方、紛争後を展望する上では、シリア国内での政治的な変化にも着目すべきである。今般の記事ではこの点には触れていない。例えば、紛争では、様々な政治勢力だけでなく、スンナ派の宗教界にも、部族勢力にも、その他の民族・宗教・宗派共同体にも政府を支持したものがあり、その一部は民兵集団として戦闘に参加した。紛争が収束する過程では、こうした勢力への論功行賞的な権益の配分が不可欠である。論功行賞的権益配分の傾向は、既に20164月に行われた人民議会選挙で現れており、自前の民兵を持つバアス党やシリア民族社会党(SSNP)、シリア中部や北東部の掌握に欠かせない地縁を持つ諸部族の存在感を増した。

 紛争終結に向けた国際的・政治的合意を形成するには、今般の記事で言及された「反体制派」の活動家らにある程度の「居場所」を用意して和解を促進すると同時に、政府側でも紛争の結果としての諸勢力の盛衰に応じて権益の配分を変える必要があるだろう。シリアの政情を観察・分析する上での着眼点は、紛争後の制度や諸勢力の配置であり、それは民兵、政党、民族、宗教・宗派集団、部族、資本家層など、紛争で役割を果たした諸勢力の消長を通じて読み取ることができるだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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