中東かわら版

№188 サウジアラビア:サルマーン国王の訪日

 3月12日から15日、サウジアラビアのサルマーン国王は公式実務訪問賓客として日本を訪問した。サウジ国王が日本を訪問するのは1971年にファイサル国王が初めて訪問して以来46年ぶりで、2人目となる。サルマーン国王自身は1998年にリヤード州知事として、2014年に皇太子として日本を訪問している。

 日本滞在中、13日には安倍首相と首脳会談が行われ、サウジアラビアで進められている経済改革「ビジョン2030」に対する日本との協力の方向性、具体的なプロジェクトをまとめた「日・サウジ・ビジョン2030」が合意された。同合意では、日本の成長戦略にも資するかたちで、エネルギーやエンターテイメント、医療、インフラ、投資といった9分野での広範な二国間協力を想定しており、サウジでの経済特区の設置、投資協定の発効、査証発給の円滑化などを進めることによって二国間の包括的かつ戦略的な関係を発展させていくことを目指している。14日には、第2回「日・サウジ・ビジョン2030共同グループ」および「日・サウジ・ビジョン2030ビジネスフォーラム」が開催され、日本企業及びサウジ企業・機関間で20本の協力覚書の交換式が行われた。2018年に株式新規公開(IPO)を予定しているサウジアラムコの上場を誘致するため、日本証券取引所グループ(JPX)とサウジ証券取引所(タダーウル)との間で覚書が結ばれたほか、海水淡水化や投資、石油ガスなどで具体的な協力枠組みが合意されている。

 13日の首脳会談では経済関係のほか、政治・安全保障分野での協力についても協議が行われ、外務次官級協議の早期実施、防衛協力の促進、人道支援など非軍事分野での日本の貢献について議論した。また、二国間関係を「戦略的パートナーシップ」に引き上げることを確認したほか、安倍首相は、防衛協力を進めるため在京サウジ大使館に初めて武官が着任したことを歓迎した。

 14日、サルマーン国王は皇居を訪問し、天皇と昼食を共にした。2016年5月、宮内庁は天皇の公務見直しとして公式実務訪問賓客との午餐会を今後取りやめると発表していたが、西村宮内庁次長は「日本の皇室とサウジアラビア王室の長い歴史的な経緯を踏まえてのこと」であると述べ、特例的な措置として実施された。

 

評価

 46年ぶりのサウジ国王訪日は、日・サウジ関係にとって歴史的な一瞬であった。日本の各種メディアでも国王や随行員の動静が広く報じられ、中東に馴染みのない一般の日本人にとってサウジアラビアという国の存在についてよく知る機会となったであろう。

 他方で、今回の国王訪日は、漠然と二国間の友好関係を深めるというものではなく、明確な議題の下、極めて実務的な側面が強調される訪問であった。2016年4月に発表された「ビジョン2030」は(詳細は「サウジアラビア:2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」」『中東かわら版』No.19(2016年4月26日)、8月末から9月のムハンマド・サルマーン副皇太子の訪日においても中心的議題となったように(詳細は「サウジアラビア:ムハンマド・サルマーン副皇太子のアジア歴訪(2)」『中東かわら版』No.88(2016年9月7日)、サウジ国内の経済改革にとどまらず外交の主要案件となっている。具体的な期限と数値目標が設定されているこの改革は、達成に至らなければ政府に説明責任が発生することから、サウジ政府もこれまで以上に改革を推進させる熱意が高まっていると言えよう。サルマーン国王にとっても、自身が王位継承ラインに乗せた息子のムハンマド・サルマーン副皇太子が改革の旗振り役となっていることから、改革の成功に向けて積極的に支援していく構えだ。

 今回、「日・サウジ・ビジョン2030」が発表されたことは、日本がサウジアラビアの経済改革に包括的かつ積極的に関与していく意思を表明したことになり、サウジ政府にとっては歓迎すべき動きとなったであろう。9月の副皇太子訪問から半年の間に協力枠組みを形成することができたのは、従来の日本の中東外交を考えると迅速な対応だったと評価できる。サルマーン国王は日本の次に中国を訪問しているが、中国、韓国は官民一体でサウジアラビアへの進出を図っており、日本の出遅れを懸念する声もあった。こうした中、日本政府が主導してサウジとの関係強化に乗り出したことは、日本企業のサウジ進出やサウジアラムコの東証上場を促進する効果があると言えよう。

 もっとも、サウジへの企業進出や投資が伸び悩んでいるのは、他企業との競合だけでなく、市場としてのサウジの魅力とリスクの問題もある。若者の失業率が社会問題化しているサウジアラビアでは、各企業にサウジ人の雇用を義務づけるサウダイゼーションを進めているが、これにより十分な職能を有していないサウジ人にも雇用を提供しなければならないというコストが現地企業に発生している。サウジは人材育成の面でも日本の協力に期待をしているが、これは企業によって提供される短期的な職業訓練によって克服できる問題ではなく、サウジの教育制度全般の改革を必要とする長期的な課題だ。また、原油価格の下落による歳入の減少は、政府からの仕事を請け負う一部企業に対して支払いの遅延が発生するなど、資金調達面で不安も抱えている。他方、一部では現在の原油価格では財政均衡が図れず、財政赤字が継続することでサウジが数年以内に財政破綻するシナリオを指摘する声もあるが、サウジではサウジアラムコの上場に先立ち175億ドル規模の起債や、2018年から付加価値税を導入することを決定するなど、収入源の多角化を進めており、当面はそのような危機からは遠い状況にある。

 今回の訪問では多くの注目を集めなかったが、政治・安全保障面での協力を両国が確認していることも重要である。これまで日本の中東外交は経済面に偏重しており、特にサウジアラビアを始めとする湾岸諸国とは石油の安定供給が議論の中心に据えられてきた。1997年には橋本首相がサウジ訪問時に「21世紀に向けた包括的パートナーシップ」が表明され、2006年にはスルターン皇太子が訪日した際に「戦略的・重層的パートナーシップ構築に向けて」共同声明が出されたものの、政策的な継続性は不明なまま、2013年に「包括的パートナーシップの強化に関する共同声明」が出されている。今回の「戦略的パートナーシップ」への関係格上げが具体的に何を意味することになるかは不明であるものの、定期会合の設置や人的交流の拡大はこの間にも着実に進んでおり、日・サウジ関係は多層的な関係に発展しつつある。

 こうした日本のサウジに対する積極的な外交姿勢は、これまで中東の諸問題に中立的な立場をとってきた日本に難題を突きつける可能性がある。しかし、現在日本はイランとは「日・イラン協力協議会」を発足させ、関係を大幅に強化する途上にあり(詳細は「イラン:岸田外相のイラン訪問(投資協定の実質合意)」『中東かわら版』No.101(2015年10月14日)、イスラエルとは2014、2015年には両国首脳の相互訪問の実現、2017年2月には投資協定の署名に至るなど、中東地域の対立しあう諸勢力と友好な関係を築くことに成功している。それぞれが欧米諸国との関係に一定のしこりを残す中、現地からは日本との関係強化や地域における日本の役割の拡大に期待する声もある。

 

<参考資料>

日・サウジアラビア首脳会談

http://www.mofa.go.jp/mofaj/me_a/me2/sa/page4_002862.html

「日・サウジ・ビジョン2030」(概要)※PDF

http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170313006/20170313006-1.pdf

「日・サウジ・ビジョン2030」(全文:英語)※PDF

http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170313006/20170313006-2.pdf

日・サウジ・ビジョン2030ビジネスフォーラム“ビジョン2030セッション”において交換された覚書の概要 ※PDF

http://www.meti.go.jp/press/2016/03/20170315005/20170315005-1.pdf

(村上研究員)

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