中東かわら版

№187 エジプト:2011年デモ隊殺害事件でムバーラク元大統領に無罪判決

 3月2日、破毀院(最高裁に相当)は、2011年1~2月の大規模抗議においてデモ隊を殺害した罪を問う再審で、ムバーラク元大統領に無罪を言い渡した。今回の判決は2015年6月の破毀院における上告審の再審で出されたもので、最終判決となる。

 下記表は、デモ隊殺害におけるムバーラク元大統領の罪を問う裁判の推移を示したものである。元大統領のほか、ハビーブ・アドリー元内相、元内務省高官6名が殺人罪で起訴されていた。2012年の1審ではムバーラクとアドリーに終身刑が宣告されたが、2014年の差し戻し審では「起訴手続きに問題があった」としてムバーラクに対する刑事訴追そのものが無効とされ、アドリーには無罪が言い渡された。これに対する上告審(破毀院)では、アドリーの無罪が確定した一方で、ムバーラクに対する刑事責任を再び審理することが決定され、今回3月2日の上告審の再審に至った。デモ隊殺害事件に関してムバーラクは無罪と判断された。

 今回の破毀院判決でムバーラク元大統領が被告となった事件はすべて結審した。また有罪判決を受けた他の事件についても服役期間が満了したため、検察はムバーラクの釈放を許可した。

 

 

 

評価

 2011年のデモ隊殺害をめぐる裁判は、ムバーラク体制の幹部が訴追された数多くの裁判のなかで最も注目されてきた裁判であった。それは、治安当局の暴力的な弾圧行為によって800人以上の市民が死亡したという出来事が人々に大きな衝撃を与えたからであり、また治安当局がムバーラク体制を支えた重要な組織だったからでもある。

 この裁判では、ムバーラクはデモ隊の殺害に直接の責任を有さないが、流血の事態を止められなかった責任として「共犯者」としての罪が適用された。しかし最終的には無罪と判断された。その根拠は、アドリー元内相などへの無罪判決の根拠と同じく、殺人に関与したと判断するに十分な証拠がないというものだった。

 このような判決は、エジプトの司法府が行政府の強い影響下にあることを考えれば、予期された判決であった。現在のシーシー政権を支える中心的主体は、ムバーラク時代から政権中枢を占めていた軍や警察であり、ムバーラクはその中心にいた人物である。有罪判決を受けたムバーラクは、刑務所内ではなくカイロ有数の軍病院で「服役」していたことからも、ムバーラクが現政権によって保護される対象であったといえるだろう。エジプトの裁判所はしばしば政権の意向に反する判決を下すことがあるが、政権の安定性や正統性を脅かす判決は避ける傾向にある。政権中枢の構成がムバーラク時代からほぼ変化していない状況において、裁判所がムバーラクに有罪判決を下す可能性は当初から低かったといえる。

(研究員 金谷 美紗)

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