№164 シリア:アスタナでの対話会合開催
2017年1月23日、カザフスタンの首都アスタナにてシリア紛争についての対話会合が開幕した。会合には、ロシア、トルコ、イラン、国連、カザフスタン、シリア、武装勢力の一部を含むシリアの「反体制派」が参加した。アメリカからは、新政権の体制が依然として固まっていないことから、有力な高官は出席しなかった。
ロシア、トルコ、イランは、2月上旬に開催されることになっているジュネーブでの会合に向け、今般の会合の最終声明の案を作成している。声明案は、「2016年末に宣言された停戦の強化」、「ロシア、トルコ、イランの三カ国による停戦保証の仕組みづくり」、「三カ国が共同で「イスラーム国」、「ヌスラ戦線(現「シャーム征服戦線」)」と戦うことと、この両派と「反体制派」の武装勢力を分離させることへの意志を確認」などを骨子としている。
しかし、肝心の会合そのものは、政府と「反体制派」の代表団がそれぞれトルコとイランは「停戦を保証」するのに不適格であると主張し開会が遅れた。また、「反体制派」がアサド大統領の退陣とヒズブッラーやクルド民主統一党の民兵(YPG)の退去を主張したのに対し、政府代表団は「テロリストの代表団は交渉をぶち壊しにするために来た」と非難した。このため、当初期待されていた両代表団の直接交渉は行われず、国連のディ・ミストラ特使が主宰し、ロシアとトルコが同席する間接協議となった。
評価
今般の会合やそれに続く予定のジュネーブでの会合により、シリア紛争の政治的解決に向けた展望が開ける可能性は非常に低い。最大の理由は、「反体制派」を代表しうる主体が現実には存在しないことである。確かに、「反体制派」側として「国民連立」などが結成した「最高交渉委員会」が参加しているが、同委員会をはじめとする「反体制派」の政治活動家はシリアでの戦闘を統制したり、政治情勢に影響を及ぼしたりする力はない。また、「反体制派」の武装勢力としては比較的著名な「イスラーム軍」が参加しているものの、同派はダマスカス東郊の一部を主な活動地とするに過ぎず、広域的な影響力は期待しにくい。また、「シャーム自由人運動」は会合に不参加で、停戦や対話会合に参加しない主体は停戦の対象外であるとのシリア政府の論理に従えば、今後の停戦や協議の行方とは無関係に同派が関係する戦闘も続くことになる。もっとも、現在もダマスカス東郊で政府軍と「イスラーム軍」との交戦が続くなど、シリア紛争で言われる「停戦」が通常の字義通りの「停戦」とは著しく異なるものであることを忘れてはならない。また、シリア紛争の解決に向けて何らかの国際的な合意を得るためには、紛争の最重要の当事者ともいえるアメリカの関与が不可欠である。この点について、ジュネーブでの会合が開催される予定の2月上旬までにアメリカ政府が体制を整えることができるかも焦点となろう。
現在のシリア紛争の状況について前向きな材料を挙げるとすれば、トルコの態度がより現実的になりつつある点であろう。トルコ政府は公式には強く否定するが、同政府要人からは「アサド政権打倒に固執することは現実的ではない」旨の発言が度々見られるようになっている。また、現実にはアレッポ県北部での軍事行動が、トルコ、ロシア、そしてシリア政府軍の間での調整・連携の下で行われるようになっているとの情報もある。イスラーム過激派も含むシリア紛争への対応の面でも、クルド勢力への対策の面でも、トルコがとりうる最も効果的な手段は国境管理を強化して紛争当事者への資源供給を抑えることなので、この問題にトルコがどのように臨むのかに注目したい。これに加え、アメリカ軍も従来は擁護してきた「ヌスラ戦線」に対し大規模な爆撃を行ったり、アレッポ県北部での軍事作戦でロシアなどと協調した作戦を行ったとの未確認情報が出たりするなど、変化の兆しが見られる。
個々の当事者の利害や展望が一致していないという懸念事項があるものの、注目すべきはアスタナ会合の中心となった諸当事者が、「停戦維持」や「個別の「反体制派」団体の消長」という目先の問題よりも、「紛争後」を見据えた動きをとっているように思われる点である。こうした状況にアメリカがどのように関与するかが、今後同国の対ロシア関係、対イラン関係、或いは中東政策全般を分析する上での注目点となろう。いずれにせよ、シリア紛争についての分析や考察は、実況中継的な観察から「紛争後」を見据えた分析へと移りつつあるようだ。
(主席研究員 髙岡 豊)
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