中東かわら版

№161 パレスチナ:ファタハとハマースの和解とPLOの強化

 1月17日、ファタハとハマースは、統一政権樹立で合意した。モスクワで15日から開催されていた会合に参加していたファタハ中央委員会委員のアッザーム・アフマドは、アッバース大統領に対して、ハマースとの統一政府を樹立するための委員会を設立するよう要請するための合意が成立したと述べた。会合には、ハマースとファタハだけでなくイスラーム聖戦機構などパレスチナ諸派が参加していた。ハマース側からは政治局のムーサー・アブー・マルズークが参加している。今回の合意では、自治政府内で統一政権を作ることに加えて、PLOの議会に相当するパレスチナ民族評議会(PNC)の新議員選出についても合意した。ハマース及びイスラーム聖戦機構がPLOに参加し、そのメンバーらがPNC議員に選出される可能性もあるようだ。

 2007年以降の分裂状態を解消するためファタハとハマースは、統一政権樹立をめざして合意に達したことはあるが、まだ機能する政権を樹立することができないでいる。最近では、両者は2014年6月に統一政権を発足させたが、ガザでの実際の統治ができないまま統一政権は崩壊している。(「パレスチナ・統一内閣の発足」『中東かわら版』2014年6月4日、https://www.meij.or.jp/members/kawaraban/20140604173312000000.pdf参照) 

 その後、ハマースとファタハの和解協議は、カタルの仲介などで断続的に継続されており、ファタハ側担当者はアッザーム、ハマース側担当者はマルズークが務めている。2016年10月下旬には、イスラーム聖戦機構が、両者の和解案を提案していた。また11月30日、西岸ラーマッラーで開催されたファタハ総会で演説したアッバース議長は、ハマースに暫定的な統一政権樹立を呼びかけていたが、政治的なパフォーマンス以上の意味はないと見られていた。最近では、2017年1月5日、カタルのドーハで和解協議が開催され、ハマース側からミシュアル政治局長と次期政治局長と目されるハニーヤ元首相が参加していた。

評価

(1)パレスチナ自治政府の統一政権

 パレスチナの分裂は、2007年から約10年間継続している。そのため両者の和解と統一政権樹立が、パレスチナ側での最優先事項となっている。分裂したままでは、中東和平交渉でも支障があるのは明白である。しかし、両者間では和解が成立したとしても、実際に統治能力のある政権構築に失敗してきた。今回のモスクワでの合意が、機能する統一政権樹立に結びつくかは不明であるが、ハマース側には、統一政府を構築しなくてはならない逼迫した必要性がある。

 ハマースのガザ統治の破綻はますます明確になっている。1月12日、ガザで1万人以上が停電に抗議する無許可のデモを行なった。ハマース治安部隊が、威嚇射撃を行なって統制しようとしたデモは、ハマースのガザ統治が開始された2007年以降で最大規模の抗議デモとなった。デモの直接の原因は、慢性的な電気不足(1日8時間程度の通電)状態だったガザで、冬の最中に燃料不足のため通電時間が3~4時間にとなったことがある。しかし、大規模デモの発生は、ガザの住民の耐久生活への我慢が限界にきている兆候だろう。カタルが発電用燃料を緊急支援したことで状況は一旦改善しているが、ハマースは、長期化したガザの経済的困窮を抜本的に解決する必要に迫られている。ハマースにとっては、ファタハと妥協し、統一政権を樹立して、ガザの統治を統一政権に委ねてガザ封鎖を解除することが最も確実な苦境脱出策になる。

 

(2)「相互承認」破棄とPLO強化

 今回の合意では、西岸・ガザ及び在外のパレスチナ人を含むパレスチナ社会全体を統治するPLOの国会に相当するパレスチナ民族評議会(PNC)の議員改選についても合意された。新たに選出された議員で構成される新しいPNCが、新たなPLO執行部を選出する予定だといわれる。

 ファタハにとって、PLOの抜本的な強化は極めて重要である。パレスチナ開放運動の主力であったPLOは1993年のオスロ合意以降、パレスチナ自治政府に吸収・合体された。そのためPLOとパレスチナ自治政府の役割や機能の区分は不明確になった。もともとPLOは、パレスチナ国家が創設される際には、国家機関として吸収される組織と想定されていたため、この合体は予見された過程だった。

  しかし、米国でトランプ政権が成立した後のパレスチナ自治あるいは中東和平交渉の先行きは不透明になりつつある。その上、トランプ政権は現在テルアビブにある米国大使館を、エルサレムに移転するかもしれない。アッバース大統領及びパレスチナ側の要人は、米国大使館がエルサレムに移転された場合、1993年9月に行ったイスラエルとの「相互承認(イスラエルとPLOがお互いを和平交渉の正式な相手であると承認したこと)」の破棄を検討すると発言している。パレスチナ側にとって、「相互承認」破棄は極めて重い決断であり、その時に備えてPLOの機能強化は必要不可欠の作業である。

  「相互承認」は、イスラエルとパレスチナの間で合意された最初でかつ最も重要な政治的取決であり、イスラエルとPLOのすべての公式な関係の基盤である。そのため同承認が破棄された場合、両者の公式な関係や西岸・ガザの統治は1993年の9月の「オスロ合意」以前の状態に戻る。パレスチナ自治政府は消滅し、西岸とガザのパレスチナ住民の生活や安全に関する全責任は、占領者であるイスラエルが担うことになる。パレスチナ側では、PLOが、再び対イスラエル闘争の主力になる。アッバース大統領が、「相互承認」の破棄を決断するかは今後の状況の推移によるとしても、その時は機能するPLOが必要である。従って、約20年近く活動停止状態に近かったPLOを再起動させるための本格的な準備を早急に開始することは、ファタハが、今、最優先すべき作業になる。

 

(中島主席研究員 中島 勇)

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