中東かわら版

№160 湾岸:トランプ政権誕生が湾岸地域に与える影響(2)

 トランプが米国大統領に就任する1月20日を前に、湾岸地域からトランプ政権発足に対する反応が続いている。

 1月15日、イランのアラーグチー副外相は、「米国との核交渉は既に終了しており、核問題について米国とこれ以上協議することはない」と述べ、トランプ自身やトランプ政権の次期幹部らが主張している核問題の「再交渉」の可能性について否定した。また、1月17日にはロウハーニー大統領が、「(トランプの核合意に対する否定的な発言は)スローガンのようなものであり、実質的には何も起きないだろう」との見解を示した。

 他方、1月16日、サウジアラビアのジュベイル外相は、「トランプ政権が世界における米国の役割を取り戻そうとしていることを歓迎する」と述べ、「(トランプ政権が)「イスラーム国」(IS)を打倒し、イランを封じ込めようとしていることは、我々が数年来主張し続けてきたことだ」と評価した。また、「我々は(米国の)新政権について楽観視しており、彼らとあらゆる分野で協働することを楽しみにしている」、「我々はイラン、シリア、イエメン、リビア、テロ対策、エネルギーにおいて同様の利害を抱いている」と述べた。

 

評価

 トランプが大統領選を制してから2カ月が経過したが、新政権の中東政策について具体的な方針は未だに表明されておらず、断片的な情報があるだけである(2カ月前の時点での分析は以下を参照「湾岸:トランプ政権誕生が湾岸地域に与える影響」『中東かわら版』No.120(2016年11月10日)。しかし、トランプ自身の発言や政権幹部の顔触れから政策の傾向を推測することは可能であるし、米国が現在置かれた戦略環境から分析することもできる。トランプ政権の中東政策の方針として明らかなことは、2003年のイラク戦争のような中東での軍事介入は、米国にとって大きな負担になっているとして否定的なことである。地域秩序の維持について積極的な関心を示しておらず、中東においては対テロ戦争など米国の国益に直接関係するような問題が優先されることになるだろう。シリア紛争におけるロシアとの協調の可能性、アサド政権存続容認は、こうした戦略観に根ざしているものと見られる。

 イラン核合意についてトランプは、繰り返し合意を破棄すると主張していた。ここにきて、国防長官候補のマティスが議会の公聴会で「核合意を尊重する」と述べたり、同じく国務長官候補のティラーソンが「(廃棄ではなく)全面的な見直しをする」と述べるなど、合意の「破棄」から「再交渉」へと立場を変化させていることが分かる。他方で、これは政策的にはあまり意味のある変化ではない。すなわち、多国間協定であり国連安保理決議によって承認されている核合意は、米国の一存で破棄できるようなものではなく、当初から政策的な実現可能性はなかった。懸念されていることは、核合意を通じて達成された成果が実質的に損なわれ、双方が合意の履行義務を怠ることにより、事実上「破棄」されたのと同様の状況になることである。トランプ政権はイランと再交渉することで米国にとって「より良い合意」になることを期待しているかもしれないが(そもそも「より良い合意」が何を意味するのかは明らかにされていないが)、イランの更なる譲歩を引き出すどころか、核交渉メンバーであったアラーグチー副外相の発言にあるとおり、再交渉が始まること自体が期待できない。

 また、イラン核合意問題で鍵となるのは米国政府ではなく、米国議会の動向である。議会はオバマ政権下でも新たな対イラン制裁を導入することを主張していたが、オバマは拒否権の行使を示唆することでその動きを抑制していた。しかし、トランプがイラン核合意を巡って議会と対決することは想像し難い。今後、二次制裁を含む新たな対イラン制裁が米国で法律化するようであれば、イラン国内で合意に反対する強硬派がロウハーニーを攻撃する材料に使うことは必至である。イランでは5月に大統領選を控えており、現状ではロウハーニーが再選する見通しが強いものの、米国による制裁が強化されるならばその足元は大きく揺らぐことになるだろう。保守強硬派が候補者の一本化に成功するようであれば、イランにおいても核合意に批判的な大統領が誕生する可能性が出てくることになる。

 また、日本やドイツと並んで、同盟に「ただ乗り」しているとトランプから批判されたサウジアラビアは、これまでトランプ政権に対する論評を控えてきた経緯がある。ここにきてジュベイル外相からトランプ政権への肯定的な見解が表明されたのは、今後も親密な二国間関係を維持していきたいという思惑の現れであろう。事実、シリア紛争においてIS掃討よりアサド政権の打倒を優先事項としているサウジにとって、トランプのシリア政策はオバマ以上に許容し難いものであるはずだが、これに関して公の場で不満を表明することは避けている。これは、カタルが11月の時点で米国の動向に関わらずシリア反体制派への支援を継続すると表明していることとは、対照的な動きと言える。(詳細は以下を参照「カタル:米国の動向に関わらずシリア反体制派への支援継続を表明」『中東かわら版』No.130(2016年11月28日)

 一方で、トランプがビジネス的な発想で同盟の負担を要求しているのであれば、サウジを始めとする湾岸諸国にとっては対応がしやすい。2011年から2015年の米国の武器輸出先は、サウジが第一位、UAEが第二位となっており、湾岸諸国は米国の軍需産業にとって最大の顧客である。サウジに対してはイエメン紛争における人道問題などで武器移転が滞ることもあったが、トランプが経済的な利益を優先させるのであれば、こうした問題は障害にならず、両者の軍事的な協力関係は深まることになる。国防長官となるマティスは元米中央軍司令官として、湾岸諸国と協調してイランの軍事的台頭を抑止してきた人物であり、サウジにとっては望ましい人事と言える。しかし、トランプ政権がISやアル=カーイダの掃討といったテロ対策を重視するなかで、サウジ政府が国内における過激派支援ネットワークの摘発や過激派への資金の流れの管理を十分にできていないと見なされれば、ブッシュJr.政権初期のように米・サウジ関係は緊張することになるだろう。

(研究員 村上 拓哉)

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