中東かわら版

№154 イスラエル:アザリア曹長によるパレスチナ人射殺事件の裁判

 

 1月4日、イスラエル軍の軍事法廷は、2015年3月に西岸の都市ヘブロンで、負傷して路上に横たわるパレスチナ人を至近距離から射殺した容疑で起訴されたアロール・アザリア曹長(20歳)について、故殺(計画性のない殺人)罪で有罪を宣告した。量刑については近く宣告される。アザリア裁判では、無罪を求める家族及び一部国民、政治家、極右勢力と、軍規違反だとして厳格な措置を求めるイスラエル軍との間で対立が激化していた。

 2015年3月24日、ヘブロン市内で2人のパレスチナ人がイスラエル軍兵士をナイフで襲おうとして銃撃され、1人が死亡、1人が負傷した。アザリアは、銃撃後にその現場に到着し、路上に横たわるパレスチナ人に至近距離から発砲し、殺害した。現場にいたパレスチナ人がその様子を撮影しており、殺害の瞬間の映像が公開された。イスラエル軍は、事件直後にアザリア曹長を拘束し、軍規違反で起訴する準備を開始した。しかし、テロリストとの戦いでは兵士が生き残ることが最優先されると考える国民の一部とその動きに便乗する一部政治家らが、アザリアの起訴に反対した。ヤアロン国防相は、軍の立場を擁護したため、ネタニヤフ首相との軋轢が強まり、その後国防相を解任される事態となった。(中東かわら版2016.5.24「№31 ヤアロン国防相の辞任と連立交渉」参照https://www.meij.or.jp/kawara/2016_031b.html

 2016年4月中旬、軍はアザリア曹長を故殺及び不適切な行動容疑で起訴し、裁判は5月から開始された。1月4日の判決について、アザリアの家族は反発した。無罪を求める極右活動家らは、参謀総長に対して殺害の脅しを口にした。イスラエル軍は、担当した判事と被告に不利な証言をした証人らの警護を強化している。ネタニヤフ首相は、軍事法廷の判断を尊重するとしつつ、大統領にアザリアの恩赦を求めた。極右政党の政治家たちは、アザリアに対する裁判が行なわれたこと自体を非難し、同人の恩赦を求めた。ヤアロン前国防相は、裁判所の判断を支持するとし、政治家がアザリア問題を得票のために利用していると批判した。リバーマン国防相は、アザリア事件は軍の判断にまかせるべきだとして、閣僚・国会議員らに、裁判について公の発言をしないよう求めている。

評価

 アザリア裁判をめぐる議論は、国論を二分している。これは同事件によって国論が分かれたというより、国民の間に既にあった意見の対立がアザリア事件でさらに拡大した結果だろう。対立の焦点は、アザリアを「国民すべての子供」と見なすか、「大人の兵士」と見なすかの違いである。国民皆兵制を取るイスラエルでは、兵士が直面する問題に対する国民の関心は当然高い。国民の間には、「テロリストとの戦いでは、兵士が生き残ることが最優先される」との考えがある。他方、イスラエル軍は、現場の兵士に軍の交戦規定に従って行動することを求めている。裁判結果の出る前日の3日、アイゼンコット参謀総長は、「アザリア被告は、「みんなの子供」ではなく、軍が与えた命令を遂行するためには命も投げ出す戦士であり兵士である。このことを混同すべきではない」と発言している。

 国民の多くと右派・極右政治家たちは、兵士たちが西岸で戦っている相手は「テロリスト」だと考えている。そのためテロと戦う兵士は、生き残りが最優先され、いかなる手段でもテロリストを壊滅することが許されると考える。この考え方には、国民の多くが共感しているだろう。他方、イスラエル軍は、兵士が勝手に発砲することは容認せず、指揮官の命令に従って戦闘することを現場の兵士に求めている。イスラエル軍は、自分たちの行動が戦争犯罪となる危険性を含むことを常に意識しているだろう。ましてや国際社会から見れば、西岸にいるイスラエル軍は占領軍である。ヘブロンでの銃撃事件は、イスラエル国民の多くからすれば、兵士がテロリストを射殺した事件かもしれないが、国際社会から見れば、占領軍の兵士が負傷して路上に横たわる被占領者の青年を射殺した事件である。常に国際社会からの厳しい目にさらされ、かつ民主主義国の軍隊として、世界の軍隊の中でも高いモラルを持つと自負するイスラエル軍は、自己の行動を常に検証してきた伝統がある。そのイスラエル軍の伝統は、今、国民感情の反発の対象となっている。

 イスラエル軍幹部は、国民のそうした気持ちに政治家が便乗して、票を得ようとすることに不満を強めている。2016年7月、国会の外交・軍事委員会で証言したアイゼンコット参謀総長は、軍の直面する最大の脅威は、イスラエル国民の軍に対する信頼の低下であると指摘し、アザリア事件に政治家が関与していることを批判している。イスラエルでは、軍に対する国民の信頼は高いが、最近、右派・極右政治家たちが、安全保障問題で軍の判断に対して、何の根拠もないまま反論するケースが増大しつつある。アザリア事件は、そうしたイスラエルの政治的雰囲気を象徴する事件となった。

 有罪を宣告されたアザリアに対する量刑の宣告が近く行なわれる。その刑期について、再びイスラエル国内で議論が割れるかもしれない。他方、パレスチナ側では、アザリアが重い刑を受けるとの期待はないようだ。イスラエルの極右は、アザリア裁判を「見世物の裁判」と批判した。パレスチナ人たちも、まったく別の意味で同裁判を「見世物の裁判」と見なしている。この不信感は、アザリア事件で生まれたものではなく、過去50年間の占領の中で生まれたものである。

 

(中島主席研究員)

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