中東かわら版

№153 イスラーム過激派:イスタンブルでの襲撃事件

 2017年1月2日、大晦日の夜にイスタンブルのナイトクラブが襲撃された事件について「イスラーム国 トルコ」名義の犯行声明がインターネット上で出回った。

 

 

 

 声明の要旨は以下の通り。

*カリフ国の兵士1名が著名なナイトクラブを襲撃した。このナイトクラブでは、キリスト教徒が彼らの多神崇拝的祝祭を祝っていた。

*襲撃により150名を殺傷したが、これはアッラーの宗教の復讐であり、十字軍の下僕であるトルコを標的にせよとの信徒の長の命令に応じたものである。

*背教トルコ政府は、彼らの爆撃や砲撃で流されたムスリムの血が、トルコの中心部で燃え上がることを思い知るがいい。

評価

 従来、「イスラーム国」はアンカラやイスタンブルのようなトルコの中心地での爆破・襲撃事件についてほとんど論評しておらず、この種の犯行声明の発表は初めてである。一方、声明の中にある「信徒の長の命令」とは、2016年12月2日付のバグダーディーの演説の中でトルコを紛争の地にせよとの趣旨の文言が含まれていたことを指すと思われる。このような事態の展開は、2016年8月にトルコ軍がシリア領に侵攻し、アレッポ県北部で「イスラーム国」と交戦するようになったことを反映している。「イスラーム国」は、2016年12月22日付「アレッポ州」名義でトルコ兵2名を焼殺する動画を発表し、トルコ向けの扇動・脅迫を強化していた。

 他方、今般の襲撃事件での死者39名は、外国人27名(サウジ人7、レバノン人3、ヨルダン人3、チュニジア人2、モロッコ人1)を含むほとんどがムスリムと思われ、「キリスト教徒の祝祭」を襲撃したとの声明の主張は、「イスラーム国」の解釈や実践に従わない者を正しいムスリムとはみなさない、彼らの特異な情勢認識を反映している。

 「イスラーム国」対策の文脈では、トルコがとるべき対策とそれによって予想される事態は2011年以来本質的には変わりがない。トルコは、2011年以来100カ国以上からおよそ3万人がイラク、シリアの武装勢力に合流するために利用してきた主要な経由地であり、そのような人々の出入りを規制することこそが「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派諸派に対するもっとも有効な対策である。これに加えて、現在でも「イスラーム国」が改造・転用して兵器として利用している物資や機材を、イラクやシリア向けに供給している主体がトルコ国内に多数存在するとの報告も見られることから、ヒトだけでなくモノやカネの流れを抑える上でもトルコの役割は重要である。ただし、このようなヒト、モノ、カネの流れが存在する以上、トルコ国内にはそうした資源の流通を支えるかなり強固な基盤が築かれていると考えるべきであり、トルコの官憲が「イスラーム国」などへの資源の流れを妨げようとすれば、その分トルコ国内で襲撃や戦闘が発生する可能性は上昇することとなる。トルコ政府は、「イスラーム国」への資源供給を取り締まった分だけ国内の治安が悪化するリスクをとるのか、「イスラーム国」などへの資源の流れを放任して国際的なイスラーム過激派対策の足を引っ張り続けるかの選択を迫られているといえよう。さらに、現在のトルコの内政・外交上の関心事としては、イスラーム過激派対策と同等かそれ以上に、クルド民族主義への対処、ギュレン派の粛清が重要視されている模様であり、そうした中で何を優先するのかがトルコ政府にとっては問題となろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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