中東かわら版

№147 トルコ:ロシアの駐トルコ大使銃撃

 12月19日、トルコの首都アンカラでロシアのアンドレイ・カルロフ駐トルコ大使が銃撃され、死亡する事件が発生した。カルロフ大使は、「トルコ人が見たロシア」写真展の開幕式でスピーチをしようとしたところ後ろから銃撃を受けた。犯人は「神は偉大なり」、「アレッポを忘れるな、シリアを忘れるな」と叫んだという。犯人は、駆けつけた警察官らとの銃撃戦で射殺された。この銃撃戦で警察官3名が負傷した。トルコのソイル内相は、カルロフ大使を銃撃した犯人は、22歳のメブリュート・メルト・アルトゥンタシュ(男性)で警察の特別機動隊に所属する人物だったと公表した。

 この事件を受けて、ロシアのプーチン大統領は「ロシアとトルコの関係正常化、シリア和平プロセスの崩壊を狙った挑発だ」と非難し、「大使の殺害は、テロとの戦いを強化することで応えるしかない」と強調した。また、アルトゥンタシュ容疑者が犯行に至った動機や何らかの組織とのかかわりがあったのか等、早期解明に向けロシアとトルコで合同捜査チームを結成し捜査を行うことを決定、20日にロシアの捜査団がトルコ入りした。

 また、20日には、シリア紛争に関するロシア・トルコ・イランの3カ国会談が行われたが、今般の事件を受けて急遽、同会談の前にチャウシュオール外相とロシアのラブロフ外相との会談が行われた。この中でラブロフ外相は、「断固としたテロとの戦いが必要」であると強く主張、トルコ外相も「今回の事件はトルコとロシアとの協力に打撃を与えることが狙いだ」と発言した。

評価

 カルロフ大使を殺害したアルトゥンタシュ容疑者については、7月15日のクーデタを引き起こしたとされるギュレン運動の支持者ではないかとの見方もあるが、現時点において同組織と容疑者とのつながりを示す明確な証拠は出ていない。事件翌日の20日、当局はアルトゥンタシュの親族ら6名の身柄を拘束、事情聴取を行っているものの、治安当局が犯人を現場で射殺したことによって動機や何れかの組織に所属していたのか等、詳細の解明には時間を要するとみられる。

 国際法上保護されるべき外交官・特に微妙な関係にあるロシアの特命全権大使が殺害されるという事件が発生したことに、トルコ政府は大きな衝撃を受けている。同事件発生直後には、明るい兆しが見え始めたトルコ-ロシア関係が再び悪化すると予想されたが、この予想を覆し、ロシアはトルコに対して政治的配慮をする姿勢をみせている。この背景にはシリア紛争に関するロシア側の思惑がある。ロシアの支持を得たシリア政府軍はシリアの反体制派の重要拠点だったアレッポを制圧、アサド大統領の即時退陣を求める米国・欧州等に対し、ロシアは当面、同紛争の主導権を奪った。NATO加盟国でシリアの隣国に位置するトルコとの協力関係を強化しておくことは、今後のシリア紛争における米国・欧州との主導権争いにおいても優位に働くとみられる。

 一方、トルコとしては、シリアの難民問題やクーデタ未遂事件後のエルドアン大統領の強権的な政治手法をめぐって欧州と険悪な状況にある。また、クルドの分離独立を主張するクルディスタン労働者党(PKK)や「イスラーム国」によるものと見られるテロが相次いで発生、経済状況が悪化しており、豊富な資源を持つロシアとの経済協力は必要不可欠である。

 これまで、欧米やサウジアラビア、カタル等の湾岸諸国とともに、シリアの反政府勢力を支援、打倒アサドを声高に訴えてきたトルコだが2016年8月以降、トーンダウンしアサド政権容認の方向へ外交方針転換を図っている。現在のトルコにとって最も重要なことは、アサド政権を倒すことではなく、欧米から支援を受け存在感が増すクルド勢力の弱体化である。外交方針を転換しロシアとの距離を縮めるのは、トルコが直面するこうした事情があり、より現実的な方向へと切り替える必要があるからだと言えよう。

(研究員 金子 真夕)

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