中東かわら版

№138 シリア:各地の戦闘状況

2016年12月13日(日本時間)の段階で、政府軍は反体制派が占拠していたアレッポ市の東部をほぼ制圧した。一方、「イスラーム国」が12月5日ごろから大規模な攻勢をかけ、現時点までにパルミラ市とその西郊を再び占拠した。現時点での概況は以下の通り。

図:2016年12月13日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

オレンジ:クルド勢力
青:「反体制派」(実質的にはアル=カーイダとの分離後「シャーム征服戦線」と改称した「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派)
黒:「イスラーム国」
緑:シリア政府
赤:トルコ軍(「反体制派」からなる「ユーフラテスの盾」との連合が前面に立っているが、実質的にはトルコ軍)

  1. アレッポでは、9月以降の政府軍などの攻勢強化の結果、「反体制派」が占拠していたアレッポ市東部の95%以上が制圧された。「反体制派」は11月にアレッポ市の西側から包囲を破るための大規模攻勢をかけたが政府軍に撃退された。この攻勢の失敗を契機に、アレッポ市東部での政府軍の進撃が加速した。
  2. 「反体制派」はアレッポ市への攻撃を撹乱するため、イドリブ県からハマ市に向けて南下する攻勢をかけた。しかし、攻勢実施中に「反体制派」諸派間で内紛が発生し、この間に攻勢によって拡大した占拠地は政府軍にほぼ奪回された。
  3. ダマスカス周辺では、「西グータ」と呼ばれるダマスカス市南西郊で「反体制派」が政府軍に屈服、重火器を政府軍に引き渡した上で戦闘員・家族らがイドリブ県へと退去した。ダマスカス南東郊の「東グータ」地域でも政府軍の攻勢により「反体制派」の占拠地域が縮小、一部の集落では「西グータ」と同様の取り決めに基づく「反体制派」の退去が進んでいる。
  4. 「イスラーム国」の大規模攻勢により、パルミラ市とその一帯が再び占拠された。「イスラーム国」はさらに西方に進撃を目指している模様。
  5. トルコ軍が「反体制派」の連合を前面に立ててアレッポ県バーブ市攻略を企画している。戦闘は事実上トルコ軍の作戦として行われているが、バーブ市での「イスラーム国」との戦闘は小競り合いの域を出ず、「イスラーム国」に打撃を与えたり、トルコ軍が戦略的成果を上げたりするにはいたっていない。

評価

 シリア政府、ロシア、イランは、欧米諸国や国連が呼びかけた「民間人退去、人道援助搬入」のための停戦呼びかけを一貫して「テロリストを救援するためのものだ」として拒否してきた。こうした経緯を経て、政府軍がアレッポ市東部を完全に制圧することは、今や時間の問題と考えらるようになった。アレッポ市が完全に制圧された場合、これまで同地域の攻囲に用いられてきた精鋭部隊をはじめとする戦力を他の戦線に転戦させることが可能となるため、今後別の地域で政府軍などによる攻勢が強まることが予想される。同様に、ダマスカス市の南郊でも「反体制派」の占拠地域が縮小し、消滅に向かいつつあるため、ダマスカスとアレッポというシリア国内における主要都市を掌握した政府側の得点は大きい。一方、「イスラーム国」が2016年3月に政府軍によって制圧されていたパルミラを再度占拠した。「イスラーム国」がこのまま進撃し、「T4」と呼ばれる重要な空軍基地を奪取するようであれば、ダマスカスとアレッポとの幹線道路上に位置し、ラタキア、タルトゥースなどの沿岸部への分岐点の要衝であるホムスへの軍事的圧力が強まり、政府側にとっては重大な危機となろう。

 一方、トルコ軍によるバーブ市への攻撃や、アメリカが支援する「民主シリア軍(クルド人武装勢力のYPGが主力)」によるラッカ市への攻勢は、いずれも小競り合いの範囲にとどまっている。このような動きは、イラクにおけるモスルへの攻撃と連動してシリアにおける「イスラーム国」の拠点都市を奪取するという、アメリカなどによる連合軍の方針が実質を伴っていないことを示している。「イスラーム国」によるパルミラ再占拠の原因として、攻勢のための戦力移動を察知できなかったシリア軍・ロシア軍の過失や攻勢への対応の失敗が挙げられている。しかし、「イスラーム国」が連合軍の事情を見極めた上でラッカから大規模な戦力を動員して攻勢を実行したのも事実であるし、イラクでモスル奪回作戦が始まった当初から、シリア・ロシア側は連合軍がモスルやイラクからの「イスラーム国」の兵員・装備の「脱出」を黙認し、シリアにおける政府軍の攻勢を妨害するのに利用すると主張しており、戦況の推移はシリア・ロシアにとってはこの陰謀論的情勢認識を強化する材料となろう。

 

(主席研究員 髙岡 豊)

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