中東かわら版

№137 エジプト:カイロのカテドラル近くの教会で爆破事件

 12月11日朝、カイロ・アッバーシーヤ地区にあるコプト正教会の聖ペテロ聖パウロ教会(通称ブトロシーヤ教会)で爆発があり、24人が死亡、49人が負傷した。隣には、コプト正教会教皇(タワドロス2世)の聖座である聖マルコ大聖堂(カテドラル)がある。現地報道では事件発生時は日曜礼拝の時間であったとされる。治安筋によると、TNT火薬12kg相当の爆発物が使用され、爆発物が爆破した場所は女性の礼拝場所であったため、死傷者のほとんどが女性と子どもだった。

 信仰の場所での爆破事件であること、さらにはエジプトの少数派であるコプト教徒を狙った事件であることから国内には大きな衝撃が走り、大統領、首相、軍、アズハル機構、複数の政治家が同事件を悪意に満ちたテロ行為と非難した。国連、EU、欧米諸国、アラブ諸国も即座に事件を非難する声明を発出した。他方、いかなる集団からも犯行声明は出ていない。ムスリム同胞団、カイロなどで治安当局を攻撃している「ハスム運動」「革命旅団」は、事件を非難する声明を出している。

 翌12日、犠牲者の葬儀が行われた後、シーシー大統領は22歳の男による自爆事件であったこと、容疑者として女性1人を含む計4人を逮捕したことを明らかにした。治安当局によると、容疑者は2014年頃にムスリム同胞団と「イスラーム国シナイ州」に参加したという。

評価

 最近エジプト国内で起きているテロ事件の多くは、2013年7月のクーデタに反対するグループ(イスラーム過激派、ムスリム同胞団支持者、その他)が軍や警察など治安当局の人員・施設を狙うタイプのものであり、コプト教徒を意図的に狙った事件は、2016年6月30日にアリーシュで「イスラーム国シナイ州」がコプト教司祭を殺害した事件くらいである。2011年革命前に遡ると、2011年1月1日にアレキサンドリアの教会で20人以上が死亡する自爆事件があったが、実行犯は特定されていない。

 事件が及ぼす影響として2点考えられる。ひとつは、コプト教徒と政府の関係である。様々な宗派・民族が混在する中東において、エジプトのコプト教徒とムスリムは、共に強固な国民意識を形成し、国民国家の基盤づくりに成功した事例として知られる。しかし、実際にはコプト教徒は日常生活で様々な差別を受けており、少なからず政府に対して不満を持っている。彼らは少数派である自らのコミュニティを守るため、意識的にコプトとしての政治活動を控えているような側面もある。ムルシー政権期にはイスラーム主義者によるコプト教徒への攻撃が何度か起きたため、2013年以降、コプト教徒はムスリム同胞団政権を追放した軍とシーシー政権を積極的に支持してきた。つまり、彼らは現政権を支持することで、自らのコミュニティを守ろうとしている。しかし政府や治安当局はその後も、ムスリムとコプト教徒の暴力事件を法による解決ではなく、伝統的な和解という方法(実質的にはコプト側に妥協を受け入れさせる)で解決を図ってきた。そして今回、コプト教徒にとって最も神聖な信仰の場であるカテドラル地域が攻撃され、コプトの間には、政府がコプト・コミュニティを真剣に守る意思がないと見なす雰囲気が強くなっているように思われる。シーシー政権は、経済運営の面で国民の支持を落としつつあるが、今回の事件によってコプト教徒からも支持を落とす可能性があるだろう。

 二つめの影響としては、テロ事件の捜査や裁判の手続きを規定する法律が、捜査当局にさらに大きな権限を付与したり、控訴制度を廃止したりする方向で改正される可能性が考えられる。事件後、アブドルアール代議院議長は、テロ事件の公判を迅速に進めるため、議会の憲法・立法委員会に法改正の準備を命じた。そのような法改正が実現すれば、人権や公正さを無視した裁判によって刑が確定される流れがさらに強まり、イスラーム過激派やムスリム同胞団支持勢力など反政府勢力が暴力主義の正統性を主張する機会を大きくしてしまうだろう。

(研究員 金谷 美紗)

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