№126 イラン:ハーメネイー最高指導者が核合意を巡る米国の対応を批判
- 2016湾岸・アラビア半島地域イラン
- 公開日:2016/11/25
11月23日、ハーメネイー最高指導者は、革命防衛隊幹部を前にした演説で、もし米国がイラン制裁法(ISA)を延長するのであればこれは核合意に違反するものであり、イランとしても対応せざるをえないと述べた。ISAの延長は、11月15日に米下院で賛成419、反対1で通過しており、米上院も通過する見込みとなっている。15日夜にはシャムハーニー国家安全保障最高評議会書記が、制裁を延長するのであれば我々は強力な技術パッケージを実施することによってこれに対峙するであろうと発言するなど、イラン側も何らかの対抗措置をとるとの見解が示されている。
ISAは2016年12月31日までという期限をもって1996年に成立した米国内法である。核合意の成立を受けて、ケリー国務長官の署名によりエネルギー部門に関する制裁を定めた同法の第5条a項が適用停止になっていた。しかし、米議会ではISAの延長を求める声が強く、ライアン下院議長(共和党)はオバマ大統領に対して同法案に署名するよう要請している。11月22日の定例記者会見においてアーネスト大統領報道官は、現在においてもイランに対する制裁手段は十分に残されていると述べた上で、議会が更なる要求をするのであればその内容を見てみるものの、イランの核兵器取得を防ぐための国際社会による国際合意の履行を阻害する法案に署名することはないと述べている。
評価
イラン核合意を巡ってはトランプ次期大統領が選挙キャンペーンのなかで繰り返し批判し、自身が大統領に就任したら合意を「破棄(tear up)」すると主張していた。もっとも、核合意は、2015年7月14日にP5+1とイランとの間で合意が成立した後、7月20日に国連安保理決議第2231号でそれを承認するという構造になっているため、これを正式に破棄するには新たな国連安保理決議が必要になろう。しかし、核合意の破棄について他の常任理事国の賛成が得られる見込みはなく、この方法をとることはほぼ不可能に近い。
一方、核合意の成果を事実上無に帰すことになるイランへの経済制裁を強化するのであれば、それほど難しいことではない。今回のISAの延長のように、米国内の議論のみで決定することができるからである。だが、こうした米国の対応は核合意に違反するものであるという声はイラン側からあがることになろう。そもそもイランは現在のオバマ政権においても米国による制裁解除努力が不十分であると批判を繰り返してきており、23日のハーメネイーの演説でも「現在の米国政府は多くの機会において核合意に違反してきた」という認識が示されている。
11月20日付の『The Wall Street Journal』は、オバマ政権が次期政権下でも核合意を守るために、米企業にイラン市場でのビジネスを許可するライセンスを発行するといった手段を講じることで、核合意を維持することが米国の利益になる状況を作り出そうとしていると報じている。これは、凍結していたイラン資産の返還や米国以外の企業がイランとの取引を活発化させるなど、トランプは核合意が米国の利益になっていないと判断しているために合意を批判しているという点に目をつけた対応といえよう。
しかしながら、核合意の行方を左右するのは、トランプの判断だけではない。ISA延長において圧倒的多数の議員がこれを支持したことから明らかなように、米議会は一貫してイランへの制裁を強化する立場だ。オバマ政権下ではこうした議会の動きを拒否権を行使してまで抑え込んでいたが、トランプが、たとえオバマが期待するように核合意が米国の利益になる側面があると理解したとしても、この問題で議会との対決を選ぶ可能性は低い。また、トランプ政権の顔触れについても、既に内定が出ているフリン国家安全保障担当大統領補佐官やポンペオCIA長官はイラン強硬派として知られている人物であり、核合意にも否定的な見解を示している。本件を所掌する国務長官人事は確定していないが、有力な候補として取り沙汰されているロムニー、ジュリアーニ、ギングリッチ、ペトレイアスは、主張の強弱はあるもののいずれも核合意反対派だ。
トランプ政権下の米国政府でイラン合意反対派が勢力を増していくことを懸念したためか、22日、ロウハーニー大統領はスロベニア大統領との共同記者会見で、イランはEUとの関係を促進していくことを決定したと発言している。EUは核合意を支持する立場にあり、モゲリーニEU上級代表はトランプの当選を受けて、「核合意は米・イラン間の二国間協定ではない。多国間協定である」と発言し、米国を牽制している。トランプ当選が発表された11月8日にはフランスのトタル社と中国石油集団(CNPC)がイランのサウスパールス天然ガス田の開発について総額48億ドルの覚書(Heads of Agreement)を結んでおり、イラン政府としては米国以外の国との経済関係強化を進めることで、諸外国をイラン側につけることを目論んでいよう。だが、米国が強い意思をもって再度イラン制裁に踏み切るのであれば、国際社会がそれを食い止めることは極めて困難であろう。
(研究員 村上 拓哉)
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