中東かわら版

№125 シリア:「反体制派」の刑務所の実態

 2016年11月17日付のレバノン紙『サフィール』(親左翼、民族主義)は、シリアの「反体制派」の「革命の刑務所」が全く監視を受けることなく運営されているとして要旨以下の通り報じた。

  • 「反体制派」の刑務所として最も有名なものは、ダマスカス郊外の「タウバ(「悔悟」の意)」、イドリブ県の「ハーリム」、「ザンバキー」、「中央」の計4カ所である。
  • 刑務所にはシリア軍の要員、シリア政府の関係者、敵対する武装勢力の構成員ら数千人が収監されている。特段の容疑もなく突如拘束される者もおり、親族らは彼らと面会できない。囚人らは、寒中で全裸にされ鞭で打たれるなどの虐待を受ける。
  • 「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」、「ジュンド・アクサー」などの諸派によって捕らえられた武装勢力諸派の構成員らは、「ハーリム」、「ザンバキー」、「中央」の各刑務所に収監されている。『サフィール』紙の取材に応じた人物によると、「政府を支持した」、「(「ヌスラ戦線」などと敵対し壊滅させられた)ハズム運動を支持した」などの身に覚えのない容疑で鞭打ちなどを伴う取調べを受ける。これらの刑務所は住民を追い出した村落を刑務所にしたものであり、刑務所として備えるべき施設を備えていない。
  • 「ザンバキー」刑務所には、およそ1700人が収監されている。男女が別房とされるほか、宗教・宗派的帰属によって異なる房に収監される。この刑務所には医務室もシャワー室もない。食事は1日2度だが生存に最低限の量に過ぎない。
  • イドリブ県内の刑務所の囚人の多くは、「反体制派」武装勢力間の対立の結果収監されており、単に所属する団体や思想が異なるとの理由で収監され、復讐目的で「不信仰」、「政府支持」などの罪状が与えられる。
  • 逮捕も裁判も恣意的に行われる。裁判はイスラーム法に則ることになっているが、穏やかな判決が出る場合と厳しい判決が出る場合の基準は不明である。
  • (イスラーム諸学に通じている者などの敬称として)「シャイフ」と呼ばれる人々が独断で囚人の釈放を決定することができる。また、イドリブ県の刑務所では「ヌスラ戦線」、「シャーム自由人運動」の戦闘員が釈放のためには最も強力な仲介者となる。こうした経路を用いれば、死刑囚も直ちに釈放される。戦闘員に仲介を頼んで釈放された経験のある者は、釈放後に自分の姉妹を戦闘員と結婚させるよう要求され、イドリブ県を脱出せざるを得なくなった。
  • お金を払って釈放してもらう方法もあるが、その場合のお金は賄賂ではなく「革命への寄付」という扱いになる。
  • 上記の諸般の刑務所も含めて刑務所は多数あるが、それらは人道の面でいかなる監視も受けていない。

評価

 シリアの刑務所といえば、長年アサド政権下の刑務所で繰り返されてきた拷問や劣悪な処遇、令状なしの恣意的な逮捕、起訴も裁判もない長期収監が問題となってきた。これらについては、紛争勃発前からシリア内外の人権団体や元囚人らが問題を告発してきた。しかし、今般の記事で問題になっているのは、そのようなアサド政権の人権侵害から「解放された」はずの「反体制派」が占拠する地域の刑務所の実態であり、これを見る限りでは住民に対する逮捕・拷問・収監の状況はアサド政権に比べて改善していないどころか悪化しているとさえ言える。

 「反体制派」が占拠する地域には、シリア国外のものを含む多くの人権団体・援助団体に加え、多数の外国報道機関が潜入して活動しているはずである。これらの団体や個人は、連日政府軍の攻撃や非道な振る舞いの犠牲者について活発に情報を発信しているものの、「反体制派」諸派による人権侵害や犠牲についてはほとんど発信していない。紛争地で活動するためには人権団体・援助団体・報道機関といえども現地の状況や現地での力関係に応じて様々な不条理があり、妥協を強いられる場面もあると考えられる。しかし、勧善懲悪的な発想から政府側による人権侵害を非難する一方、「反体制派」には何の監視も非難もしないとなると、人権擁護活動や報道の意義・説得力が大きく損なわれることとなろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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