中東かわら版

№121 イスラエル:東エルサレムの聖地をめぐる二つの動き

 イスラエルでは、東エルサレムの聖地に関連する二つの動きが、同時並行的に存在している。一つは、ユダヤ教徒が聖地を訪問する問題あるいは国会議員の聖地訪問を禁止した措置に関する動きである。11月7日、ユダヤ教徒が聖地を訪問する運動を行なっているリクードのブルック議員が主催するセミナーがイスラエル国会で開催された。同セミナーでは、昨年の11月に導入された国会議員の聖地訪問禁止措置の停止を求める閣僚や国会議員が集り、ネタニヤフ首相に禁止措置の停止を要求した。同会合に参加した世俗派の政治家たち(右派リクード、極右「ユダヤの家」党)らは、イスラーム教徒は聖地内で礼拝できるが、ユダヤ教徒はできない聖地の「現状」を批判し、ユダヤ教徒も礼拝できるようになることを求めた。

  二つ目の動きは、ユダヤ教徒が礼拝することを許されている「嘆きの壁」での礼拝の仕方をめぐって先鋭化している、イスラエルの超正統派と米国の保守派・改革派のユダヤ教徒間の対立である。11月7日には、同問題を議論していた国会で、デリ内相(超正統派の宗教政党シャスの党首)が、怒りのあまり米国の穏健派のユダヤ教の保守派、改革派について、ユダヤ教ではないとまで言い放つ事態も発生している。米国のユダヤ教徒たちは、「嘆きの壁」での礼拝について、現行の男女別々ではなく、男女一緒に行うことを要求している。2016年1月、イスラエル政府は、米国のユダヤ教団体の要請を受けて、男女共用の礼拝の場を設置することを決定した。しかし、国内の超正統派の反対もあり、その決定の実施が遅れている。しびれを切らした米国のユダヤ教徒らは、10月6日、イスラエル最高裁に男女共有の礼拝の場所設置を求める訴えを起こした。11月1日、ネタニヤフ首相は、「嘆きの壁」での礼拝の方法をめぐる国会の議論で、米国の穏健派ユダヤ教徒らに、公の場で不満を表明しないよう要請した。しかし、翌11月2日には、政府の対応の遅れに不満を高める米国のユダヤ教徒指導者らが、「嘆きの壁」で治安当局が設置した男女の区分線を突破する実力行使に出る事態になっていた。

評価

 イスラエルの政治家が関心を持つ聖地問題と、イスラエルや米国のユダヤ教勢力が関心を持つ聖地の問題は、かならずしも一致しない。東エルサレムの聖地をユダヤ教徒が訪問し、そこでの礼拝を可能にしようとするイスラエル側の運動は、一見宗教的な要望のようであるが、それを要求しているのは右派と極右の政治勢力である。他方、伝統的なユダヤ教指導者たちは、東エルサレムの聖地は、極めて神聖な場所であり、礼拝であっても頻繁に訪れるような場所ではないと考えている。超正統派の政党や議員は、聖地について伝統的な考えに基づいて対応しており、「統一トーラー・ジュダイズム」党の議員は、10月にネタニヤフ首相に、政治家の聖地訪問禁止措置を続けるよう求める書簡を送っている。ユダヤ教超正統派の政党にとって、東エルサレムの聖地に関する「現状維持」は自分たちの考えと矛盾しない。

 一方、イスラエルと米国のユダヤ教各宗派の対立が激化している問題が、聖地の西側に隣接する「嘆きの壁」での礼拝形式である。「嘆きの壁」での「現状」は、イスラエルの超正統派が管轄してきた。彼らは、男女は別区画に分かれて礼拝すべきであるなど、米国のユダヤ教の宗派に比べて、より厳格な形式を遵守している。他方、男女同権や女性の地位向上など女性活動家たちの社会・宗教運動の影響を受けている米国の穏健派ユダヤ教指導者たちは、男女のユダヤ教徒が一緒に礼拝することや、女性ラビの活動を認めるなどより柔軟な考え方をしている。両者の考えかたの違いは大きく、イスラエルのユダヤ教指導者と米国のユダヤ教指導者が衝突することは珍しくない。現在は、「嘆きの壁」での礼拝方式をめぐってイスラエルと米国のユダヤ教宗派間の対立が高まっているが、ネタニヤフ首相は冷静で、両勢力に「現状」を壊す一方的な措置をしないよう呼びかけている。ネタニヤフ首相をはじめイスラエルの右派と極右の政治家たちが「嘆きの壁」での礼拝をめぐる問題にあまり熱心でないのは、同問題は宗教問題であって政治問題ではないからである。

 ユネスコあるいは国連機関が採決している聖地に関する諸決議についても、イスラエルの政治家と宗教勢力の対応に顕著な温度差がある。イスラエル政府及び右派・極右政治家たちは、国連機関の聖地に関する諸決議について、ユダヤ教と聖地の関係を否定していると強く非難している。しかし、こうしたイスラエル側で上がる非難の声の合唱に、ユダヤ教超正統派の政党や政治家たちは積極的に加わっていない。

(中島主席研究員 中島 勇)

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