№50 イラク:クルド地区分裂の危機?
政情や治安状況が混乱するイラクにおいて、長年比較的安定していると考えられてきたクルド地区であるが、同地区の政治・経済情勢も混乱しつつある。20日付『ハヤート』紙は、混乱の原因を要旨以下の通り報じている。
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スライマーニーヤ県を地盤とするクルディスタン愛国連合(PUK 党首:ジャラール・タラバーニー)と変革運動(党首:ヌーシルワーン・ムスタファー)は、クルド地区の統治体制を議会優位の体制に改めることや、同地区の財政・治安制度の見直しを要求している。アルビル県、ドホーク県を地盤とするクルディスタン民主党(KDP 党首:マスウード・バラザーニー)はこの要求を拒否した。
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変革運動はクルド地区の政府から排除されており、KDPによる他党派を排除した政府の運営を批判している。
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スライマーニーヤ県知事がバグダードを訪問し同県のサービス・経済問題について連邦政府と協議しようとしているが、KDPはクルド地区を構成する県の一つであるスライマーニーヤ県と連邦政府との協議を連邦制の法的枠組みに反すると考えている。
評価
クルド地区においては諸党派の対立が深刻化した結果、任期が満了したバラザーニー大統領の後任選出、或いは再任の手続きがとられず、大統領や自治政府の正当性が揺らいでいる。また、諸党派の対立は、長期間にわたる公務員の給与遅配の一因ともなっている。諸党派の対立はさらに深刻化し、クルド自治区がスライマーニーヤ県とアルビル、ドホークの両県とに分裂する懸念が増しているのである。現在のクルド自治区の基になった地域は、かつてKDPがアルビルとドホークを中心とする地域、PUKがスライマーニーヤを中心とする地域を各々支配していたが、2006年に統一政府が編成された経緯がある。
フセイン政権時代の統治体制への反省から、イラクでは分権的な連邦制が導入された。こうした制度の下では、政治体制に参加する様々な当事者が自らの権益拡大のため、分権的な制度を最大限活用して政治的な主張や要求をすることとなる。イラクがスンナ派、シーア派、クルド人政体へと三分裂するとの見通しがあるが、諸政治勢力が現在の政治体制下でより協調的な行動様式をとらなければ、権益配分で対立が生じるたびに分権を主張する勢力が次々と現れ、三分裂にはとどまらない細分化が進行する恐れがある。
(主席研究員 髙岡 豊)
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