中東かわら版

№47 イスラーム過激派:「イスラーム国」とフロリダ州での銃撃事件

 2016年6月12日、アメリカのフロリダ州オーランド市でナイトクラブが襲撃され、実行犯を含む50名が死亡、多数が負傷した。当初の報道によると、実行犯の男はアフガニスタン系のムスリムで、襲撃前に緊急通報電話に架電し「イスラーム国」に忠誠を誓ったと主張していた。このため、報道機関などを中心に事件は「イスラーム国」の作戦であるか、同派の影響を受けた者の犯行であるとの予断に基づく“「イスラーム国」の声明待ち”の状態となった。そうした中、「イスラーム国」傘下の「報道機関」である「アアマーク通信」が12日付(画像1)で、「バヤーンラジオ」が13日付(画像2)で事件について伝えた。いずれも実行犯を“「イスラーム国」の戦闘員”、“アメリカにおけるカリフの兵士の一人”と称してあたかも自派の関係者であるかのような文が含まれているが、捜査情報や既存の報道の内容以上の新たな情報は含まれていない。なお、この二点の文書はあくまで「イスラーム国」傘下の「報道機関」による「ニュース報道」であり、「イスラーム国」の通常の様式や発信経路に基づく「犯行声明」は本稿執筆時点で存在しない。

画像1:12日付「アアマーク」の「ニュース記事」。

「アアマーク通信の情報源より:アメリカのフロリダ州オーランド市で性的異常者のナイトクラブを攻撃対象とする攻撃。この攻撃により100名以上が死傷したが、実行者は「イスラーム国」の戦闘員である。」

画像2:13日付「バヤーンラジオ」。最終段落が事件に関する記事。

「最初はアメリカから。アッラーはアメリカにおけるカリフの兵士の一人であるウマル・マティーンを喜ばせた。(彼が)治安作戦を実施したが、その間フロリダ「地域」のオーランド市にあるロトの民に従う者たちのナイトクラブで十字軍の者共の集団に入りこんだ。アッラーは不浄な十字軍の者共を虐殺せしめた。この攻撃より、マティーンが死亡するまでに十字軍の者100名以上を死傷させた。ちなみに、この攻撃は死者数の面から16年前のマンハッタンでの攻撃以来最大の攻撃である。」

評価

 「アアマーク通信」や「バヤーンラジオ」はあくまで「イスラーム国」傘下の「報道機関」という位置づけであり、通常は「イスラーム国」が発表した戦果の声明や、戦闘の現場などの短い映像を発信する役割を担っている。このため、この両機関が「イスラーム国」が正式な声明として発信しなかった戦果や見解について独自に発信したり、両機関が「事実上の」犯行声明を発信したりする権能を持っているとは考えにくい。実際、今般の事件についても両機関が「報道」する前に流れた情報を自らの都合よく解釈した上で引用しているに過ぎず、報道機関・捜査機関を出し抜くような新たな事実の暴露は一切含まれていない。

 画像2に見られる「ロトの民」とは、「イスラーム国」やそのファンたちが同性愛者(特に男性間の同性愛)に対して用いる蔑称である。これは、コーラン第7章80-81節などの預言者ロトの説話で同性愛がアッラーによる懲罰対象となる不道徳として描写されていることに由来すると思われる。実際、「イスラーム国」が占拠した地域で配布した「ハッド刑」(注:クルアーンなどで明示的に規定された量刑)の一覧には「同性愛カップルは両方死刑」と定められており、しばしば「ロトの民の行為に及んだ者」が建物の屋上から投げ落とされて処刑されている。但し、これはあくまで「イスラーム国」とそのファンの論理に過ぎず、オーランドの事件と「イスラーム国」との組織的・思想的な繋がりを裏付けるものではない。とりわけ、事件は「イスラーム国」の作戦か、同派の影響を受けた者の犯行であるとの予断に基づき、「イスラーム国」の側の論理に引きづられて「同性愛者への襲撃」に過度に焦点を当ててしまうと、襲撃した側に正当な論理があり、襲撃を受けた被害者に落ち度があるかのように錯覚させてしまう危険性がある。

(イスラーム過激派モニター班)

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