中東かわら版

№5 イスラーム過激派:「イスラーム国」がヨーロッパの諸都市への攻撃を示唆?

 2016年4月5日、欧米の一部報道機関が“「イスラーム国」がロンドン、ベルリン、ローマを挙げてパリ、ブリュッセルに続く攻撃を示唆”と報じた。これは、4日にインターネット上で「ワアド」なる製作者が「かれらと戦え。アッラーはあなたがたの手によって、かれらを罰して屈辱を与える」(コーラン9章14節より)と題して発信した動画の内容に基づく報道である。動画は、「イスラーム国」が過去に発信した動画、特にパリの襲撃事件(2015年11月)やブリュッセルでの爆破事件(2016年3月)を流用した上で英語のナレーションとアラビア語の字幕を入れたものである。

評価

 結論から言うと、この度話題になった動画は、「イスラーム国」或いは同派の構成員が作成したものではないと思われる。製作者の「ワアド」なる主体は、これまでも「イスラーム国」の既存動画を流用して様々な動画を作成していたようであるが、彼らの「作品」が「イスラーム国」による広報で使用される掲示板サイトで「イスラーム国」の「作品」として認知されたことはない。また、「イスラーム国」のファンらは「イスラーム国」やその関係者が製作した動画や文書などを積極的にインターネット上で拡散させようとするが、「ワアド」の作品はそうした行為の中で拡散させる対象ともなっていない模様である。

 「イスラーム国」が多数の広報製作機関を擁し多数の動画、画像、文書を発信していることは既に知られている(「中東かわら版」2014年度238号など)が、それらを引用・流用して「作品」を製作する二次創作者も多数存在する。「ワアド」もそうした二次創作者のひとつに過ぎず、その作品は「イスラーム国」の意向や方針を代表するものではない。ただし、このことは今後ヨーロッパの諸都市で「絶対に攻撃が起きない」ことを保証するものではない。

 とはいえ、この程度の二次創作が、製作者の身許や性質、イスラーム過激派の広報の世界での地位などについての分析・考察を経ることなく人目を惹きやすい見出しや紹介と共にニュースとして配信されることは、模倣やいたずらも含む二次創作者、ひいてはイスラーム過激派そのものを増長させるだけに終わりかねない。広報活動の観察を通じて「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派の思考・行動様式を知り、潜在的な脅威を予測する努力は極めて重要ではあるが、過剰な反応はそうした努力を損なう結果となろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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