中東かわら版

№79 イラク・シリア:「イスラーム国」に対する空爆の効果

 アメリカを中心とする連合国がイラクとシリアで「イスラーム国」などに対する爆撃を開始してから、およそ1年が経過した。この間、約35億ドルを費やし6000回あまりの爆撃が行われ、イスラーム過激派の戦闘員1万人を殺害したとされている。一方、爆撃によりイラクのクルド地区やシンジャール地方、シリアのアイン・アラブ、タッル・アブヤド方面で「イスラーム国」を後退させたものの、ラマーディー、パルミラが新たに占拠され、バイジでも攻防が続くなど、「イスラーム国」を守勢に転じさせるまでには至っていない。一方、7月下旬からはこれまで作戦に加わっていなかったトルコが「イスラーム国」に対する爆撃を開始し、アメリカ軍に対してもトルコ国内の基地の使用を認めた。ただし、トルコは「イスラーム国」に対する作戦と称しつつも、実際にはほとんどの場合その矛先をPKKなどトルコ国内のクルド民族主義勢力に向けている。また、トルコはアメリカが攻撃対象としている「ヌスラ戦線」(シリアにおけるアル=カーイダの支部)や「アフラール・シャーム」(アル=カーイダと親密)を援助し、この二派を主力とする「ファトフ軍」なる武装勢力の連合体を後援している。

 「イスラーム国」などに対する作戦の評価として、アメリカの政界や軍の高官の間では悲観的な評価が主流である。中には、「イスラーム国」対策を冷戦同様の「世代を越える長期間の戦争」とみなす見解もある。次期大統領選挙に立候補を表明した政治家たちの間でも、作戦に対する楽観的な評価や、イラク・シリアにアメリカ軍の地上部隊を派遣すべきだとの案を表明する者はほとんどいない。

 こうした中、ロシアがシリア政府を支援して「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」と交戦するための軍事介入に乗り出す可能性に言及する報道が見られるようになっている。一部報道では、ヘリ・戦闘機からなる航空戦力と数千人の顧問を既に派遣したとされている。また、イスラエルの『イディオット・アハロノト』紙は、ロシアの緊急介入部隊と戦闘機部隊がダマスカス近郊に根拠地を構築し、近日中に顧問、訓練教官、兵站要員、技術要員、警備兵が派遣されるとの見通しを報じている。

評価

 これまでのところ、アメリカなどによる爆撃は巨額の費用と少なからぬ労力を費やしたことに比して、成果に乏しいといわざるを得ない。過去1年の空爆の実施数は、1日あたり20件弱に過ぎず、「イスラーム国」などに致命的な打撃を与えるには心もとない水準にとどまっている。また、イラクやシリアへの外国人戦闘員をはじめとする資源の流入も依然として活発に行われており、仮に連合軍による爆撃で打撃を受けたとしても、「イスラーム国」などが損失を補うことができている模様である。アメリカをはじめとする関係各国は、このような状況を理解しているがゆえに、現在の作戦の進捗状況について悲観的な評価が主流となっているのであろう。しかし、最大の問題は、各国の「イスラーム国」などへの対応に関する誤りや課題を指摘・明示することができても、これらの問題点にどのように対応するかを誰も示し得ていない点にある。例えば、イラクでは関係諸国やイラクの諸政治勢力が「イスラーム国」の増長を招いたイラク政府の非効率の責任を全てマーリキー首相(当時)に帰して同首相を追い落としたものの、イラク政府やイラク軍、民兵組織が成果を上げていない点はアバーディー政権でも変わりがなく、アバーディー政権に対する抗議デモが頻発している。このためイラク軍をはじめとする「イスラーム国」との戦闘の前面に立つべき勢力の強化は進んでいない。

 シリアについても、アメリカがアサド政権の排除を前提とするあまり実現のめどが全く立たない「穏健な」武装勢力の育成に固執し、成果が上がっていない。「ヌスラ戦線」や「アフラール・シャーム」を「イスラーム国」やアサド政権との対決の尖兵に利用する可能性についても、両派共に本質的にはアル=カーイダと行動様式を共有する集団である。このため、この両派を支援して「イスラーム国」対策で成果を上げたとしても、シリア紛争を終結させる過程では両派共に排除せざるを得なくなるだろう。トルコが主張している「安全地帯」の設定についても、トルコ自身が兵力や資源を投入して「安全地帯」を確保する意志が見られないため、「イスラーム国」対策の文脈でもシリア紛争解決の文脈でも効果は期待できない。現在、「安全地帯」として予定されている地域は「イスラーム国」と「ヌスラ戦線」などとが抗争を繰り広げる戦場に過ぎず、この地域からシリア政府の影響力を排除したとしても、イスラーム過激派にとっての「安全地帯」になるだけで、シリア人民の安寧や福利厚生を実現するための場所とはならないだろう。一方、ロシアは現在のシリア政府・シリア軍こそが「イスラーム国」との戦いの矢面に立っているとし、これらの参加がないテロ対策は成立しないとの主張を強めている。ロシアの軍事介入についての情報が取りざたされるのは、ロシアの主張や働きかけへの欧米諸国の反応が思わしくないことと関係している可能性がある。ただし、現時点でロシア自身が大規模な兵力を投入してシリア紛争に介入することは現実的とは思われない。ロシアによる地上軍の派遣や戦闘参加のような関与には、安保理決議やその他の諸国の参加・費用負担のような裏づけが不可欠だろう。当座ロシアがとりうる行動としては、アサド政権排除に固執する各国の翻意を促したり、シリア紛争解決に向けてアメリカなどと妥協点を探ったりすることになろう。軍事的な関与としても、顧問団・訓練教官の派遣、情報の提供、兵器・物資の供給などにとどまる可能性が高い。

(主席研究員 髙岡 豊)

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