中東かわら版

№78 シリア:紛争による遺跡の破壊

 2015年8月30日、反体制派寄りの広報団体である「シリア人権監視団」は、「イスラーム国」がパルミラの遺跡群の一部であるベル神殿の一部を破壊したと発表した。同神殿は、西暦32年に建設された、パルミラの遺跡群の中でも保存状態が良い遺跡として知られていた。

 一方、27日付のレバノン紙『サフィール』は、シリア考古総局のアブドゥルカリーム局長の話などを基に、紛争に伴う遺跡などの破壊や盗掘について以下の通り報じている。

  • シリア全国で785カ所の遺跡が被害を受けたと記録している。被害が最も激しいのはアレッポ県の280カ所である。
  • 「イスラーム国」による破壊行為だけが注目されているが、それはシリア全土で横行する大規模で組織的な破壊行為の一部に過ぎない。遺跡の盗掘と遺物の転売を専門とする組織が、盗掘品をヨルダンとトルコ経由で外部の市場に売り出している。
  • 「イスラーム国」の占拠地域ではないシリア南部でも盗掘と破壊が組織的に行われている。また、「アフラール・シャーム(シャーム自由人運動。アイマン・ザワーヒリーと極めて近しいとされ、2014年初頭に暗殺されたアブー・ハーリド・スーリーが幹部として所属していた)」や「イスラーム戦線」が占拠しているアレッポ市の旧市街での破壊行為が続いている。あらゆる武装勢力が遺跡を盗掘し、資金源としている。
  • 「ヌスラ戦線」(アル=カーイダの支部)は、アレッポ県、イドリブ県において多数の墓廟を破壊した。

評価

 シリア紛争において遺跡や考古遺物の破壊が深刻化している原因としては、都市部では旧市街の商店街や建築物が現在での商業・行政活動の中心地に近接していたり、実際にそうした活動のための使用されていたりすることが挙げられる。また、遠隔地においても、パルミラ遺跡やボスラ遺跡、クラク・ド・シバリエなど、歴史的な交通の要衝に位置する城砦が多く、これらは現在も交通の要衝としての価値を失っていないのである。その上、反体制派の武装勢力諸派が人口密集地や遺跡を占拠し、そこで戦闘を起こすことによって生じる被害を政府軍の暴虐を訴える広報素材として利用する戦術を取っていることも見逃すことはできない。一方、政府側も戦闘に際し遺跡の保全に特段配慮していないことは明白であり、世界遺産であるクラク・ド・シバリエから武装勢力を掃討する際には激しい空爆・砲撃を行い、城砦の一部を破壊した。

 各地の遺跡から盗掘された発掘物がトルコやヨルダン経由で密売され、「イスラーム国」の資金源となっていることは各種の報道や報告書で広く知られていたが、盗掘や密売という点では「ヌスラ戦線」や「アフラール・シャーム」も同様の行為に手を染めている模様である。この二派はトルコが後援する「ファトフ軍」の主力であり、「イスラーム国」との比較で「穏健な」武装勢力として国際的な援助・連携の対象であるかのような印象が醸成されているが、遺跡の破壊行為などの面で彼らの振る舞いに対する統制は全く利いていないように見受けられるため、関係各国が「穏健な」武装勢力を支援するという政策がシリア紛争の収束やシリア人民の救済にどの程度貢献しうるか、疑わしい状況が続いている。

 シリアの遺跡の破壊や発掘物の密売については、多くの国や国際機関が懸念や非難を表明しているが、これを防止するための措置はほとんどとられていない。これは、欧米諸国やアラブ諸国がシリア政府の正統性を否定し、遺跡などの保全のためのいかなる働きかけも行い得ないこと、考古遺物の密輸だけなく外国人戦闘員の移動についても主な経由地となっているトルコやヨルダンによる国境警備の問題がほとんど放置されていること、シリア国外に「ヌスラ戦線」や「アフラール・シャーム」を支援する主体が存在することが主な原因であろう。現在のシリア政府の統治や紛争の中での振舞いには非難すべき点が多く、国際機関などがシリア政府と短期間のうちに遺跡保全などのための措置を取る可能性はほとんどない。その一方で、国際機関や関係国は国境管理や武装勢力への資源の提供の面で直ちに対策を講じるべきである。特に、遺跡を含むシリアの社会・経済活動の基盤を破壊する武装勢力諸派に対し、外部からの支援と資源の供給が続く限り遺跡の保全について有効な措置が取れらる見込みはないだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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