中東かわら版

№52 エジプト:「シナイ州」が北シナイの検問所複数を一斉攻撃

 7月1日午前、「イスラーム国」に忠誠を誓う「シナイ州」(元の名は「エルサレムの支援者団」)が、北シナイ県シャイフ・ズワイド、アリーシュの軍検問所などを同時に攻撃し、兵士・警官多数が死亡した。事件直後に「シナイ州」が発表した2つの犯行声明によると、まずシャイフ・ズワイド警察署と同市の4検問所を迫撃砲で攻撃し、さらにシャイフ・ズワイドやアリーシュの将校クラブ、検問所など15カ所を自爆攻撃やロケット砲で攻撃した。

 その後、エジプト軍と「シナイ州」の戦闘は夕方まで続き、Skynews Arabiya局は、兵士・民間人60人以上が死亡、武装勢力側は90人以上死亡したと報道した。一方、国軍参謀本部は、兵士の死者数は17人、武装勢力側は100人以上が死亡したと発表した。

 民間メディアと軍発表では兵士、武装勢力の死者数に違いがあるが、これほど多くの場所を同時に攻撃し、かつ双方に100人以上の死傷者が出た軍事的衝突は、2013年のクーデター以降初めてである。軍事アカデミーの教官によれば、「シナイ州」によるシャイフ・ズワイドへの第一撃は70人ほどで実行され、戦闘全体では300人もの武装勢力が参加したという。

 エジプト政府、諸政党、そして諸外国、国連は一斉に事件を非難する声明を発表した。軍はテロリストを殲滅すると述べ、改めて徹底的な掃討作戦の決意を明らかにすると共に、一部のベドウィンが国内外のイスラーム過激派を支援していることを非難した。 

評価

 ヒシャーム・バラカート検事総長がイスラーム過激派によって暗殺されるという衝撃的な事件が起きた直後に(2015年6月30日付『中東かわら版』No.50を参照)、シナイ半島で100人以上が死亡する大規模なテロ事件が発生した。前者の事件は「ギザの人民抵抗」という小規模で無名の過激派団体が実行犯で、後者はエジプト国内で最も構成人数が多い過激派組織である「シナイ州」が実行犯であり、両者の組織化レベルに違いはあれども、この一連の事件は、軍がムルシー元大統領を解任したクーデター(2013年7月3日)から2周年という日を狙った治安当局に対する攻撃といえる。

 「シナイ州」は「エルサレムの支援者団」として活動していた頃から多数の死者を出すテロ事件を起こしてきたが、今回の事件は改めて同団体の組織的作戦遂行能力の高さを明らかにした。一方、軍は、シナイ半島の過激派掃討作戦において毎日のように戦果を発表し、今回の事件後には「シナイ半島の情勢を100%コントロールしている」と述べたが、このような事件の発生を許している以上、明らかに掃討作戦は失敗していると言わざるをえない。掃討作戦ではルーティーンのパトロール活動(集落見回り、家屋破壊)が行われるばかりで、過激派の居場所や戦術などの情報が圧倒的に不足しているとの指摘がある。また一部のベドウィンがイスラーム過激派を人員・資金・ロジスティック面で支援していることは事実だが、その原因は、エジプト政府がシナイ半島住民を「二級市民」扱いしているにもかかわらず、掃討作戦では彼らに脅しをもって過激派情報の提供を強制していることにある。政府はイスラーム過激派と繋がるベドウィンを非難するが、両者を結びつけたのは政府のシナイ半島政策である。

 シナイ半島における過激派を弱体化するためには、現在の軍事作戦はもちろん必要であるが、同時に過激派への資源供給の流れを止めることも重要である。そのためには、エジプト政府はシナイ半島の後回しにされた開発を再開し、住民の福祉を向上させなければならない。こうした非軍事的対策が、シナイ半島の住民をイスラーム過激派から引き離す役割を果たすであろう。

(研究員 金谷 美紗)

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