№188 イスラエル:最高裁がガス開発合意を違憲と判断
昨年末の12月17日、イスラエル政府は、天然ガス開発に関する合意書をガス開発会社等との間で締結した。同合意については、環境団体や野党労働党、メレッツなどが非難し、違法な合意であるとして裁判所に提訴していた。2016年2月14日にはネタニヤフ首相が最高裁の審議に出向き、同合意を認めるよう求める異例の要請をしていたが、3月27日最高裁は、同合意の一部を違憲とする判断を示した。
最高裁は、合意した内容を10年間変更しないとした箇所を違憲と判断し、国会に1年以内に同部分を修正するよう求めた。ネタニヤフ首相は、最高裁の判断を非難したが、野党と環境団体は、今回の司法の判断を歓迎している。イスラエルの経済紙『グローブ』は、司法の判断がイスラエル経済界とエネルギー業界を震撼させたと報道した。ガス田開発を進めている米国のノーブル・エナジー社は失望を表明し、巨額の投資を必要とする事業には安定した投資環境が必要であり、そうした環境を作るかどうかはイスラエル政府次第だとした。
評価
今回最高裁は、2015年12月の合意は憲法違反であるとの判断を示したが、その箇所は2015年中に政府内で盛んに議論された独占禁止法違反をどうクリアするかの部分ではなく、締結した合意を10年間変更しないとした部分である。ネタニヤフ政権に与えられた修正のための時間は1年である。イスラエル最大の天然ガス田リバイアサンを開発している企業連合は、今回の最高裁判決の出る直前の2月25日、同ガス田からのガス生産開始は2019年には可能になるとの見方を表明していたが、今回の判決でその時期はさらに遅れることになるだろう。
2000年代になると、探査技術の発達にともないイスラエル沖合の海底で複数の天然ガスの埋蔵が確認されるようになった。それらの天然ガス田を開発している主要な会社は米国のノーブル・エナジー社とイスラエルのデレック・グループである。この状況は、一部の会社がリスクを取ってイスラエルの排他的経済水域内での天然ガス開発に従事していると見ることもできるが、他方、特定の会社がイスラエルの天然ガス開発事業を「独占」していると見ることもできる。さらにイスラエルの会社には、深海で天然ガス田を自力で開発する技術はなく、外国企業に頼る以外の選択肢はない。そのためイスラエル国民や一部政治家たちは、外国企業が国民の富を不当に奪うのではないかとの疑惑を持ち、交渉過程や合意内容に対する高い透明性や国会の関与を求めていた。こうした中で2014年末には、ガス田開発に特定の会社が過剰に関与していることについて、独占禁止委員会の委員長が独占禁止法に違反するとの判断を示した。一方、ガス田開発業者からすれば、イスラエル政府との合意に従い、リスクを取って探査・採掘事業を実施し、膨大な投資を行なっている段階で、イスラエル政府がガス田開発に関する取り決めを変更することに対する困惑と反発がある。
ネタニヤフ政権は、国家の安全保障が関係する場合は独占禁止法上の問題は問われないとの規定を使おうとした。またイスラエル政府は、主要2社に対して保有するガス田の権益の一部を売却するよう求めた。しかし、物価高や家賃の高騰による生活苦が大きな政治問題になっているイスラエルでは、イスラエルのエネルギー需要の約100年分を供給できるとも言われる天然ガス開発事業に対する国民の関心と期待が大きいだけに、外国企業や石油会社を所有するイスラエル人ビジネスマンには莫大な利益を与えるが、国民を利するフェアな競争を阻害する決定を行なったと見なされることは、政治的には極めて危険である。この問題への関与を嫌ったシャスのデリ党首は経済相を辞任(2015年10月、ネタニヤフ首相が兼任)した。またカハロン財政相は、友人が天然ガス開発に関与しているとして、ガス政策には関与しない立場を表明(2015年5月)している。
(中島主席研究員 中島 勇)
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