中東かわら版

№187 イスラーム過激派:「イスラーム国」の生態 外国人戦闘員の末路?

 2016年3月24日、シリアの『ワタン』紙(民間紙。親政府)は、「反体制派」のニュースサイトなどの情報を基に外国人戦闘員をはじめとする「イスラーム国」の構成員の境遇を要旨以下の通り報じた。

  • 「イスラーム国」は、ダイル・ザウル市とその近郊の住民計14名を「シリア政府に協力した」との罪でなんら証拠を示すことなく処刑した。同様に、「イスラーム国」がハサカ県で「民主シリア軍」に敗退したとの「デマ」を流した罪で複数の者を捕らえたが、彼らの消息は不明である。また、「イスラーム国」の者が、ダイル・ザウル市で持ち主に「背教と不信仰の罪」があるとして民家複数を接収した。
  • 従来、「イスラーム国」から脱走しようとする戦闘員等にとっての主要な障害は、そもそも「イスラーム国」の占拠している地域から出ることが難しかったことと、「イスラーム国」による逮捕・粛清の恐怖であった。しかし、最近ではトルコがシリアとの国境を閉鎖し、トルコに入ることが難しくなったことが最大の障害となっている。現在では数百人の「イスラーム国」構成員がトルコに脱出し、出身国へ帰ることを希望している。彼らは仲間内で状況や脱出のための案を話し合っている。
  • ダイル・ザウル市にいるモロッコ出身の「イスラーム国」の戦闘員は、「イスラーム国」の政治は、「ムハージル」(=外国から来た構成員)であろうと「アンサール」(=地元出身の構成員)であろうと、果ては地元の住民であろうと組織と異なる意見を持つ者を殺すという方針に基づいていると述べた。この戦闘員は、「そうした政治はアッラーの統治ではあるが地元民に不正をなし、彼らを飢えさせ、彼らから収奪する政治である。一方、「イスラーム国」の構成員は住民とは異なる地位にあり、彼らのための必需品は満たされている」と述べた。
  • 上記の戦闘員は、「自分は「イスラーム国」はシリア人たちをシリア政府の暴虐から救済すると信じ、出身国、学業を捨ててシリアに来た。しかし、現実はこうした考えとは逆のもので、我々「イスラーム国」の構成員こそが不正をなしている。また、時に無計画な戦闘に駆りだされ、同胞の多くが死傷したり、手足を失ったり、一生残る障害を負ったりした」と述べた。また、「自分や同僚たちの多くに起きたことは予想外のことで、「イスラーム国」の現実に衝撃を受けた。自分の身近でも指揮官や担当者の指示に反対した結果、同僚らが「イスラーム国の安全を損なった」罪で殺された」と述べた。
  • このような現実は、これまで「イスラーム国」の構成員の多くが組織を捨てて脱走する原因となった。しかし、現在ではトルコとの国境に到着し、トルコ側に入ることは夢物語同然に難しいこととなった。
  • ダイル・ザウル市の「イスラーム国」から脱走した戦闘員は、「イラクやシリアでの戦闘では、地元出身者がいつも前線に押し出される。一方、あらゆることを外国人が指図している。外国人らは地元出身者をほとんど信頼しておらず、戦闘で活躍するか身近な仲間を失ったりしないと外国人からは信頼されない」と述べた。また、この人物は、「自分は妻子と共に偽造の身分証を使い、イドリブにいた親族の協力を得て脱走に成功した。トルコが国境を閉鎖する一方、シリア側も「イスラーム国」に敵対する武装勢力に占拠されたことにより、トルコに行くことは非常に難しくなった。特に、外国出身者が脱走してトルコまで逃亡することは難しいだろう」と述べた。

評価

 「イスラーム国」の実態についての情報は、「イスラーム国」側が発信する理想の生活や生き甲斐を強調するプロパガンダと、そうしたプロパガンダと現実との落差を強調する反「イスラーム国」側の主体が発信する情報とに大別できる。これらは、いずれも政治的な意図・目的を基に発信されており、どちらにせよ若干数の事例や証言を頼りに全体像を描くわけにはいかない情報である。こうした状況下でも、今般の情報で興味深い点は、「イスラーム国」自身がシリア人を圧迫する存在に過ぎないという現実に嫌気がさした構成員の脱走が相次いでいるものの、脱走そのものが困難になっているという点であろう。イスラーム過激派による人員の勧誘では、勧誘する側とされる側との直接的な人的関係が成否を決める重要な要素となっているし、越境移動では移動の過程で潜伏先の確保や違法な出入国で支援してくれる者との関係が不可欠である。このため、「イスラーム国」の構成員らから越境移動の支援を受けたり、SNSなどの情報だけに依拠したりしてイラクやシリアに密航した者は、例え「イスラーム国」の実態や現場の厳しい環境に嫌気がさしたとしても、脱走する機会をつかむことすらできない可能性が高い。現在のイラク・シリアの状況や、「イスラーム国」を取り巻く環境は、ある程度の選抜や訓練を経た者にとっても厳しさを増している模様であり、イスラーム過激派などの非合法活動を営む組織にとっては本来「招かれざる客」に過ぎない不正規の経路を経た合流希望者の境遇は、さらに過酷なものであろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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