中東かわら版

№189 イスラーム過激派:「イスラーム国」の生態 衛星放送視聴の禁止

 3月28日付で、「イスラーム国」の広報媒体の一つとされる「ヒンマ文庫」の名義で衛星放送の視聴を禁止する旨の冊子『なぜ私は衛星放送を壊さなくてはいけないのか?』がネット上に出回った。禁止の理由は20項目に上る。以下はその要旨である。

  • 衛星放送は、異教徒の思想を広めるほかヌサイリー派、シーア派、共産主義者や世俗主義者などに利用される悪魔の説教壇であり、人々をイスラームから遠ざける。
  • 多妻制、窃盗者の手の切断、姦通者の石打刑などを暴力的かつ野蛮なイメージで歪曲して放送し、視聴者にイスラームの信条を嫌悪するよう仕向ける。
  • 盲目的な恋愛ストーリー等を通じて女に対し、化粧、着飾り、男との交わりを呼びかける一方、男は裸の女を鑑賞する。
  • ギャングを称賛する映画やドラマを通じて窃盗、殺人、レイプ、詐欺の方法を視聴者に伝えてしまう。
  • 男に本能的な嫉妬心を呼び起こす。健全な男は、熱い男たる故に彼の妻、娘、姉妹が他の男に気を取られることに我慢ならない。嫉妬に駆られない者は、姦婦の夫である。
  • 国民の時間とカネを無駄にし、彼らを欺き生きる活力を奪う。
  • 目、脳、関節、脊髄の身体面と社会・精神面にて視聴者に健康上の害を及ぼす。
  • パラボラアンテナの販売及び贈与を禁止する。これに抵触した者は悔悟の余地なくして罪に問われる。「ヒスバ」(「イスラーム国」が組織する宗教警察)の男たちが彼らの罪の執行者となる。

評価

 上記の内容に鑑みると、今回の冊子は「イスラーム国」が占拠する地元住民や戦闘員に対する「内向き」の広報活動の一環と判断できる。昨年、欧米などの報道(例えば2015年12月16日付Daily Mail)では「イスラーム国」が衛星放送を禁じる活動をしていると報じられた。これらの報道を踏まえると、「イスラーム国」は都合の悪い外部からの情報から占拠地域を遮断し、自派の広報のみを地元住民ないし戦闘員に浸透させようとする傾向にあるといえるだろう。今回の冊子は、衛星放送の禁止について公式な形で発表するに際し、その理由をイスラームの枠組みの中で正当化し、多数列挙したものであると考えられる。禁止理由の中には日常の営為に関わりそうな項目が複数あるため、上記の禁止事項に該当する事態が「イスラーム国」の占拠地域で発生していることが想起できる。

 一方、「イスラーム国」はテロリズムを行動規範とする主体である以上、自らの存在を日々取り上げて拡散する媒体を必要としており、その意味において海外のメディアに深く依存している。つまり、自派に都合の悪い情報を流したり、他のイスラーム過激派に関心を寄せることを嫌ってメディアを非難する一方、それに依存せざるを得ない「イスラーム国」の姿がここにあるのである。このようにして、今回の冊子から、衛星放送という海外(外部)の情報を発信する媒体に対して「イスラーム国」は自身、地元住民・戦闘員、メディアとの結びつきという「内」の、そして自身とメディアという「外」との結びつきにおいて、拒絶と依存という二重基準を有している点が認められる。

(イスラーム過激派モニター班)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP