中東かわら版

№162 アルジェリア:DRSの解体、大統領府傘下に3部局を移設

 1月30日、アフマド・ウーヤヒヤー大統領府長官は、諜報治安局(DRS、国防省傘下)を解体し、DRS内の3部局〔国内治安局(DSI)、文書・対外治安局(DDSE)、技術諜報局〕を大統領府直轄の治安機関とすることを発表した。現地報道は1月23日ごろから治安筋の話として解体について報道していたが、大統領府が正式に発表した形となる。これら治安機関の長となるポストは用意されておらず、昨年9月にDRS長官に任命されたばかりのウスマーン・タルターグ(通称バシール将軍)は、3治安機関の調整を担当する大統領顧問に配置換えとなった。

 ブーテフリカ大統領によるDRSの政治的影響力を縮小させる試みは2013年から本格化し、昨年9月に25年間DRS長官を務めたムハンマド・メディーンを解任したことで最高潮に達したと思われていたが、DRSの解体にまで達した。以下は、2013年から行われた一連のDRS組織改革の要約である。

 

Ÿ・DRSから軍参謀本部の傘下組織へ

軍治安中央局(DCSA)、通信拡散センター(CCD)、中央司法軍警察局(SCPJ)、大統領警備局(DGSPP)、テロ対策協力諜報局(SCORAT)、特殊介入部隊(GIS)

Ÿ・組織廃止

通信拡散センター(CCD)

Ÿ・組織トップを更迭

国内治安局(DSI)、軍治安中央局(DCSA)、文書・対外治安局(DDSE)、通信拡散センター(CCD)、テロ対策協力諜報局(SCORAT)

・ムハンマド・メディーンDRS長官を解任(2015年9月)(2015年9月28日付『中東かわら版』No.89

・DRS解体(2016年1月)

 

評価

 内戦を経ての独立、1990年代の内戦、イスラーム過激派との抗争を経験してきたアルジェリア政治において、軍は同国の中心的な政策決定者であり続けた。特に国内外の諜報活動を任務とするDRSは、アルジェリアのあらゆる政治・経済的決定の権限を掌握する組織といわれてきた。ブーテフリカ大統領は1999年の就任以来、DRSと巧みな協力関係を築きながら政治運営を行ってきたが、2期目に入る頃からDRSとの対立が生じ始め、DRSが大統領陣営の汚職をリークしたり大統領陣営がDRSの内戦期の活動を暴露したりと、2010年以降は対立が明白なものとなっていた。この背景には、炭化水素収入(石油、天然ガス)や、ブーテフリカ大統領の弟サイードへの大統領職後継問題など、アルジェリア政治経済の最重要問題をめぐる対立が存在する。

 上記の2013年以降に行われたDRS組織改編を見ると、DRSの政治介入機能を失わせることが目的であると考えられる。国内の政治的安定にとって重要な部局やDRSが大統領批判に使った部局(SCPJ)は、その権能を、ブーテフリカ大統領に近いアフマド・ガーイド・サーリフ副国防相兼参謀総長がトップにいる軍参謀本部に移譲した。また、DRSからメディーン長官に近しい人物を排除するため、各部局のトップに大統領陣営に近い人物を送り込んだり、有罪判決を下したりもした(2015年12月2日付『中東かわら版』No.132)。

 2013年からこうした動きが本格化した理由には、この時期にブーテフリカ大統領の健康状態が悪化したため現在の4期目が大統領職の最後となる可能性が高く、ブーテフリカ後の体制づくりを本格化する必要が生じたからであろう。メディーン勢力を更迭、または大統領側に取り込み、ポスト・ブーテフリカ体制においても大統領側の権益が確保される状態を準備していると思われる。2~3年の間にDRS・大統領関係が大きく変化したことが、今後の政治体制の安定性にどのような影響を及ぼすのか引き続き注視が必要である。

(金谷研究員)

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