中東かわら版

№140 イラク・シリア:「イスラーム国」の生態;広報コンテンツで残虐性が高まる背景

 12月12日付のレバノンの『サフィール』紙は、「イスラーム国」が配信する映像や画像といった最近の広報コンテンツ中で、残虐性が増していると指摘した。内容は要旨以下のとおり。

  • 「イスラーム国」は世界のメディアの注目を集めるために、プロパガンダ活動において、より残虐で新しい殺害方法を模索する傾向にある。「イスラーム国」は人々が広報コンテンツに物足りなさを感じているとみなしており、その需要に応える必要性を覚えているからである。
  • 「イスラーム国」は世界の関心を得るために、ツイッターなどのSNSを活用するほか、英語などに翻訳した映像を配信している。
  • 広報コンテンツに過度な暴力の様子を盛り込む目的は、支持者に影響を与えること、競合者を恐怖させることであるが、最重要の目的は世界に向けて自らのメッセージを届けることである。
  • これまでの残虐な殺害方法の例として、人質への砲弾射出、人質を柱に結びつけた上での爆破、戦車で轢き殺すなどがある。こうした手法による殺害の光景は、「CALL OF DUTY」(1人称視点のシューティングゲーム)などのゲームの世界に住んで自己の作り直しを望むような人々を魅了している。
  • 広報コンテンツの配信数は、シリアやイラクの戦況と連関している模様である。夏(2015年6月~8月)の間にシリア中部のパルミラやイラク西部のラマーディーで「イスラーム国」が戦果を上げた際には、シリア関連の広報コンテンツの数は3762に達したが、ロシアの空爆が開始されて以降(9月~11月)のそれは2750まで減少した。
  • 残虐性の強いコンテンツの増加には、シリアとイラクでの戦況の悪化に関わらず、影響力があり強い「イスラーム国」というイメージを示したい、彼らの思惑が反映されていると見られる。

評価

 「イスラーム国」をいわゆる情報の「送り手」として、また彼らが映像や画像といった広報コンテンツを届けたい主体を情報の「受け手」として捉えてみると、今回の記事は、欧米や「イスラーム国」の占拠地域外に住む人々という外部の受け手向けのコンテンツ中の残虐性の上昇に着目して、彼らの広報活動の傾向を分析したものとして位置づけることができる。(広報活動全般については、「「イスラーム国」の生態:「外向き」・「内向き」の広報機関」『中東かわら版』 No,238(2015年1月30日)をご覧ください)。そして、今回の記事で特徴的なのは、「イスラーム国」は、受け手が斬首や銃殺に飽きたと認識したことが動機となって、残虐性の増したコンテンツを作成し始めたという指摘であろう。ここから、送り手である「イスラーム国」と外部の受け手が相互に影響を与える中で、広報活動が展開されている様子を見て取ることができる。

 「イスラーム国」が広報コンテンツを配信する上で意識する受け手は外部だけかといえば、必ずしもそうではない。上記のリンク中にある広報活動の一覧表に示されるように、広報コンテンツの中には支持者、戦闘員、地元住民向けの冊子、映像、音声などがある。換言すれば、「イスラーム国」は「内部」の受け手を想定した広報活動も行っているといえる。

また、今回の記事ではライバルを恐怖させるために、「イスラーム国」は残虐な映像を配信しているとの記述がある。ライバルとは、戦地で争うイラク軍、シリア軍、その他武装勢力諸派や、メディアの注目や支持者からの支持の獲得で競合しているアル=カーイダやその他のイスラーム過激派諸派のことであろう。したがって、「イスラーム国」は広報競争の中で、彼らをも情報の受け手と認識しているといえる。

 以上のことから、「イスラーム国」が広報コンテンツの配信先とする受け手は、①今回の記事で指摘された欧米などの外部のほか、②占拠地域に住む地元住民、支持者、戦闘員などの内部、③アル=カーイダなどの競合者と三つに区分することができる。ゆえに、全ての広報コンテンツが欧米やその他の仮想敵とされる国、組織、個人向けなわけではなく、「イスラーム国」は、それぞれの受け手からの反応を察知して諸々の広報コンテンツを作成・配信していると考えられる。これは、逆の見方をすれば、それぞれの受け手も何らかの形で「イスラーム国」の広報活動に影響を与えていることを意味する。

 「イスラーム国」は、様々な視聴者を意識して広報活動を展開しており、その内容の残虐性に着目するとしても、情報の受けての性質によって様々な効果や影響が考えられる。「イスラーム国」の広報活動の分析においては、今回の記事で言及されたシリアやイラクでの戦況、あるいは占拠地域の状況やライバルとの競合関係といった彼らを取り巻く環境と広報コンテンツの関連性や、特定のコンテンツの受け手とその作成の動機の互換性といった視点も必要だろう。

(イスラーム過激派モニター班)

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