№119 シリア:「反体制派の解放区」の実態
2015年11月10日付のレバノンの『サフィール』紙(民族主義、世俗主義寄り)は、住民への取材を基にシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」やアル=カーイダと親密な関係にある「アフラール・シャーム(シャーム自由人運動)」を主力とする「ファトフ軍」が占拠したイドリブ県の状況について要旨以下の通り報じた。
- イドリブ市では、戦闘で破壊された廃墟に(イスラーム過激派の)黒旗が翻っている。この光景は「イスラーム国」が占拠しているラッカ市と同様である。イドリブ市には「ファトフ軍」の侵攻前にはおよそ60万人が居住していたと思われるが、現在居住者の4分の3は町を離れた。彼らは、イドリブ県の地方部、ハマ県、ホムス県、沿岸地方などシリア国内のほかの地域へと避難した。
- イドリブ市で最も発言力が強いのはサウジ人のアル=カーイダ活動家であるアブドッラー・ムハイシニーである。「シリア国民同盟」などの諸派もイドリブ市を「解放区」と考えて同地に拠点を構えようと試みたが、ムハイシニーが「イドリブ首長国」を宣言したことによりそのような試みはことごとく絶たれた。
- 「ヌスラ戦線」とその同盟者たちは、「イスラーム国」と同様な手法で「イスラーム統治」を導入した。彼らは、最初に政府支持者を公開処刑し、次いでキリスト教徒を圧迫するためにキリスト教徒を処刑した。これにより、イドリブ市からキリスト教徒は一人もいなくなった。彼らはシリアの沿岸地方に逃亡した。
- 公開処刑は手当たり次第に行われているのではなく、体系的に行われている。つまり、「イスラーム統治」を受け入れさせるために社会的に影響力が強い者や著名人を処刑し、社会を脅迫している。処刑対象となった女性の校長は、家族の面前で処刑された。
- 「ファトフ軍」がイドリブを占拠して2カ月もしないうちに、「シャリーア的服装」が義務付けられた。この服装は、「イスラーム国」が占拠した地域で強制している服装と同じものである。これに加え、ジハード諸派は姦通罪で収監した女性に対する石打での死刑を執行した。
- ムハイシニーの下、「シャリーア学院」、「教宣センター」、「訓練基地」が開設され、女性と子供を対象とする宣伝・教育活動が行われているが、これも子供に大きな関心を寄せる「イスラーム国」と同様の手法である。子供たちは一定の年齢に達したら、いつでも爆破を実行する自爆要員にされるだろう。「式典」と称して広場や公園で行われる教宣の模様の映像からは、ジハード諸派が「他者を排除」し、「ジハード主義者以外のあらゆる者」に対する憎しみを植えつけることを試みていると思われる。
- 報道機関からの関心が寄せられない場所で、「シャリーア講座」や「シャリーア法廷」を通じた住民への圧迫が進んでいる。「ファトフ軍」の主力のひとつである「アフラール・シャーム」は西側諸国に自らを「穏健な」反体制派であるとして売り込んでいるが、実は同派こそがシリアで最初に礼拝をしない者に対する鞭打ち刑を導入した集団である。
- イドリブ市の住民の一人はイドリブ市とラッカ市との違いについて、「ラッカはイラク人であるバグダーディー、イドリブはサウジ人であるムハイシニーが指揮しているという点以外まったく違いはない」と述べた。
評価
アメリカ、サウジ、トルコ、カタルなどの諸国は、イドリブ県の大半を占拠し、ハマ県や沿岸地方へ侵攻しようとしている武装勢力を「穏健な」反体制派とみなし、9月末にロシア軍がシリアでの作戦行動を本格化させて以降、ロシアの攻撃対象は(「イスラーム国」ではない)反体制派で、ロシアの狙いはアサド政権支援であると非難してきた。今般の報道は、シリア紛争についてどちらかといえばアサド政権寄りの報道姿勢をとる『サフィール』紙の報道とはいえ、「穏健な」反体制派が実質的にはアル=カーイダをはじめとするイスラーム過激派にであることを示している。また、記事を見る限り、「穏健な」反体制派は占拠した地域での生産活動の保護や生産のための投資を行っているようには思われないため、これらの諸派にとっても「イスラーム国」の場合と同様外部から供給される様々な資源が極めて重要なものとなっていよう。
しかし、今般の報道から最も懸念すべき点は、イドリブ県では「イスラーム国」が占拠した地域と同様の深刻な事態が進行しているにもかかわらず、これについて問題を提起する活動家や報道機関がほとんどないことである。「穏健な」反体制派と彼らが占拠する地域については、反体制派の戦果やロシア軍・シリア軍による攻撃の被害が連日盛んに発信されており、反体制派の占拠地域に関する情報を発信する活動家や報道関係者が皆無なわけではない。むしろ、情報発信を行いうる主体がいるにも拘らず、それらの主体とって不都合とみなされる実態については情報が発信されていないことが問題といえよう。
(主席研究員 髙岡 豊)
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