№110 イラク・シリア:「イスラーム国」の生態(戦闘員の逃亡)
10月26日付、10月18日付『ハヤート』紙によれば、シリアのラッカ県およびイラクのアンバール県で、「イスラーム国」の戦闘員の逃亡が相次いでいる模様である。
なお18日付の記事は、ロンドンに拠点を置く「ISCR」(過激化・政治暴力国際研究センター)が、「イスラーム国」から逃亡した58名のインタビューを基に作成した報告書に従って執筆されている。上記二つの報道の内容は、要旨以下のとおり。
- 「イスラーム国」は最近、シリア・ラッカ県内にて地元住民の強制徴兵や新規戦闘員を勧誘した者への報奨金支払いなどの措置を講じた。
- 徴兵を目的に、ラッカ県北部郊外の住民に対して、14歳以上の男性の氏名その他の情報を「イスラーム国」の事務所にて登記することを要求。拒否した者には、厳しい罰則とシャリーアに則る制裁が下されると脅迫した。
- 外国人戦闘員の逃亡の動機:「イスラーム国」に入る前に約束されていた豪華な品物や車を入手できない。何も得られない。希望の無い無慈悲な生活を強要された。民間人や人質への過度な暴力。司令官の命令を無視すれば戦闘員は死刑に処される。地元の戦闘員と外国人戦闘員が福利厚生で区別されている。そして、逃亡の最大の動機は「新鮮なパンが供給されないこと」。
- イスラーム国は戦闘員の勧誘に成功した場合、約1万ドルを支払っている。それはコンピューターや医療など専門知識を持つ戦闘員を獲得するためである。
- 部族筋によれば、イラク西部・北部にて「イスラーム国」は一部の戦闘員を政権や外部の者の手先として粛清・追放している。
- アンバール県のヒート、ラーワ、カーイム、ルトゥバ市などから同国北部までの地域で、アメリカ軍による人質救出作戦(2015年10月21日)後、戦闘員が占拠地域の市街地に展開した。
- 上記作戦後、戦闘員の拠点や刑務所の場所が変更されたほか、建物の上にある「イスラーム国」の旗も降ろされた。
- シャリーアに違反した多くの拘束者や人質が解放されたが、政権と繋がっている容疑の者、軍人や部族民は刑務所に残留させられている。
- (アンバール県での)粛清・追放の対象者は主に占拠地域の地元出身の戦闘員であり、彼らが粛清・追放された後は外国人戦闘員が彼らの代役をつとめている。
- 「イスラーム国」は居住地区に潜伏しているが、彼らを狙った最近の空爆により、住民の死傷者が多発している。
- 「イスラーム国」は、地元住民の市外への外出を制限しており、帰宅を厳守して家族1名を人質に出さない限り、市外への外出は許可されない。
評価
上記二つの報道のいずれもが、現地の情報筋や逃亡した戦闘員のインタビューに基づいたものであるため、今回の情報から「イスラーム国」の戦闘員の姿を一般化することは難しい。しかし、仮にこれらの報道が事実であるとすれば、少数の例ではあるが、シリアのラッカ県とイラクのアンバール県における「イスラーム国」では、地域の事情によって戦闘員の間で境遇に違いがあることが分かる。さらに言えば、「イスラーム国」に参加するも結局逃亡してしまう外国人戦闘員は、必ずしもカリフ制への共鳴やバグダーディーへの忠誠ではなく、極めて俗物的な動機で「イスラーム国」に加わっていることがわかる。
ラッカ県の場合、外国人戦闘員を「イスラーム国」に引き寄せる誘因の一つである「物質的な欲求」が充足されないばかりか、基礎食料が不足した結果、彼らの逃亡が相次いでいる。人員補充のために地元住民を強制的に徴兵しているとの情報は、イラクやシリアの地元出身の戦闘員の存在は、地元住民が「イスラーム国」を支持して同派に加わっているわけではないことを示している。
また、今後の戦闘員の逃亡の多寡を左右する決定的な要因の一つに、パンなどの基礎食料の不足が数えられる可能性もでてきた。パン不足が、外国人戦闘員以外の地元出身の戦闘員や住民、「イスラーム国」の上層部に優先的に食料が供給されている結果だとしても、それは占拠地域全体に食料を供給できないことと同義である。冬季に入り、食料不足が悪化すれば、さらなる戦闘員の逃亡が予想される。
一方、アンバール県の場合、アメリカ軍による人質救出作戦を契機に、戦闘員、とりわけ地元出身の戦闘員が政権や外部と繋がっている疑義を掛けられたことで、粛清・追放され、相対的に外国人戦闘員への依存が高まったとみられる。また、第2の人質救出作戦を懸念し、拘束者や人質を解放したり、収監場所を変更したりするなどしている。
いずれの地域も、「イスラーム国」の主要な占拠地域である。これらの地域で発生する「イスラーム国」からの逃亡の原因は、彼らが標榜する極端なイスラームの解釈や理念の実践段階で構成員や地元住民との軋轢が生じていることに加えて、占拠地域の運営維持能力の低さに求めることができる。
(イスラーム過激派モニター班)
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