中東かわら版

№109 シリア:紛争を巡る外交動向

 シリア紛争の「政治的解決」に関する諸当事者の外交活動が活発化している。2015年10月26日、オマーンのビン・アラウィー外務担当相がシリアを訪問し、アサド大統領、ムアッリム外相と各々会談した。アサド大統領との会談では、二国間関係、両人民の同胞関係強化と地域の安全と安定に資する協力と連携の継続、シリアにおけるテロとの戦いを元とする地域情勢、シリア危機の解決を支援するための地域・国際的な諸提案が議題となった。なお、数日前には在外の反体制派の政治連合である「国民連立」のハウジャ代表がオマーンを訪問し、ビン・アラウィー外務担当相と会談している。オマーンは、シリア紛争勃発後もシリアとの政治・外交関係を絶っておらず、8月にはムアッリム外相が同国を訪問している。今般の訪問は、紛争でシリア政府を支援するイランを除けば極めて異例の閣僚級要人のシリア訪問となる。

 これと関連して、23日にはウィーンにてアメリカ、ロシア、サウジ、トルコの4カ国の外相がシリア紛争について協議したが、「アサド大統領の処遇」を巡って協議はまとまらなかった模様である。この会合については、23日付『シャルク・ル・アウサト』紙が、ロシアが紛争解決に向けて以下の9項目を提案したと報じている。

  1. 各国の間でシリア領内での攻撃対象リストを共有する。紛争の政治解決を受け入れない武装勢力は攻撃対象とする。
  2. 政府軍と「自由シリア軍」との戦闘を全ての戦線で凍結する。
  3. シリア政府、内外の反体制派、「自由シリア軍」を含む対話会議を開催する。対話では、以下の諸点について成果を得ることを想定する。
    (1)恩赦
    (2)全ての囚人の釈放
    (3)議会選挙
    (4)大統領選挙
    (5)全当事者を代表する挙国一致政府の編成
    (6)(レバノンの例に倣って)大統領の権限の複数を集合的政府に移譲するための憲法改正
  4. ロシアのプーチン大統領は、アサド大統領が上記の選挙に立候補しないことを個人的に約束する。ただし、この約束は同大統領に近しい者やシリア政府の者が選挙に立候補することを妨げるものではない。
  5. 親政府の民兵を政府軍に統合した後、「自由シリア軍」の諸部隊を政府軍に統合する方策を見出す。
  6. ロシアは、反体制派がアサド大統領や政府要人を将来訴追しないこと、彼らがシリアにとどまるか離れるかを選択することを受け入れるならば、恩赦が武装した者を含む内外の反体制派全てを含むことを約束する。
  7. 反体制派が政府の支配地域への封鎖を解除し、各国が反体制派への武器援助を凍結するならば、政府軍は各地の封鎖を解除する。
  8. ロシアは安保理決議に基づいてシリア領内の軍事基地を維持する。
  9. ロシアは、アサド大統領が軍やその他の武装部隊への統制を失うことを懸念し、同大統領が選挙に参加するか否かの問題を含む、合意の一部を非公開とすることを条件とする。

評価

 ビン・アラウィー外務担当相がシリアを訪問したことは、イランとアメリカとの間の問題処理をしばしば仲介してきたオマーンの外交上の位置づけもさることながら、シリア紛争の打開に真剣に取り組むのならば、今やシリア政府を正当性がないと非難し、無視するだけでは立ち行かないことを如実に示している。シリアには国内避難民の境遇や一般の国民の経済的苦境、文化財の保護・盗掘と密売の防止など、国際的に対処すべき問題が山積している。事態がこれほどの水準に達したからには、シリア政府を無視することはシリア領内で発生している様々な危機を放置することと同義である。

 一方、上記のロシアが提案したとされる9項目については、あくまでロシアが提示した議論のたたき台であり、これがそのまま当事国間の合意事項となる可能性はない。既に、欧米諸国やサウジからは「移行期間」を幾日に設定し、その後確実にアサド大統領を退任させるべきだとの主張が出ている。今般の提案の注目点、及び課題は以下の通りである。

  • シリア、ロシアなどと欧米諸国、サウジなどとの間の「政治解決」についての認識のズレが、依然として深刻である。前者は現在のシリア政府を支援することを通じて同国の治安と統一性を回復することを政治解決と考え、その前段階としてテロリストの討伐を優先している。一方、後者にとっての政治解決とはアサド大統領の退任であり、その後いかにして治安を回復し、シリアに民主的な政体を確立するかについてはその後考えるという認識である。その結果、「政治解決を受け入れない武装勢力は攻撃対象とする」との提案は、これを恣意的に解釈して「良い」反体制派武装勢力は存在しないという結論を正当化することにつながりかねない。もっとも、欧米諸国が主張する「穏健派」反体制派とイスラーム過激派などとの区別は現実にはほとんど意味をなしておらず、前者を支援するために投じた資源が後者に利用されている例や、戦局や資源獲得の見通しに応じて末端の戦闘員が前者と後者の間で移籍を繰り返す事例が相次いでいる。
  • 「国民連立」と「自由シリア軍」を解決策の中でどのように位置づけるかは、シリア紛争を政治的に解決したことを印象付ける上で重要である。過去の紛争の進展の中で繰り返した不行跡により、両者とも既に政局や戦局への影響力を失って久しい。しかし、両者共に国際的な知名度や報道上の価値は依然として持ち続けているため、彼らを包摂する「政治解決」を達成すれば、その解決策には内外の反体制派や武装勢力をも含む包括的なものであるとの印象を付与することができる。「国民連立」と「自由シリア軍」が有名無実の存在であることは、彼らを政治解決に取り込む上で好都合ですらある。
  • 「アサド大統領の処遇」が政治解決の争点となっているかのように思われるが、実は同大統領の処遇、例えば「移行期間」を幾日にするか、アサド大統領がその後の政治過程に参加できるのかという問題は、シリア紛争を収束させる上ではほとんど意味がない。というのも、シリア領内での政府軍に対する戦闘の主力となっているのは「イスラーム国」やアル=カーイダそのものかアル=カーイダと極めて近しい「ヌスラ戦線」か「アフラール・シャーム」であり、彼らにとってはアサド大統領が退任しようが、その後民主的な政体を樹立しようが、それは不信仰者・侵略者によるイスラーム共同体への攻撃に他ならないからだ。また、「イスラーム国」はイラクでも広範囲を占拠し、天然資源の盗掘や地元民からの収奪によってある程度の基盤を持っている。「イスラーム国」は、一定の経済力と「イスラーム統治を施行している」と主張可能な領域を持つ限りそれを誘引に海外から資源を調達することが可能であり、これはアサド大統領の去就とは無関係である。すなわち、アサド大統領こそが紛争地にイスラーム過激派をひきつける磁場であるとの主張は、イスラーム過激派の政治的主張や志向を見誤った主張といわざるを得ないのである。
  • 今般の9項目の提案をシリア紛争の政治的解決に向けたたたき台にする上での致命的な欠陥は、紛争解決後、ないしは「移行期間」中の政治体制を「レバノンの例に倣った」ものとすることが構想されている点である。シリア国内には様々な宗派民族集団が居住しており、人口比率に応じて諸集団が政治的権益を分配する制度を作ることは、一見合理的に見える。しかし、この制度は、宗教・宗派や民族的帰属を本来それとは無関係な政治的権益配分の単位として固定化し、それによって国家や社会の構成員の間に生まれながらの差別と格差を運命付ける制度に過ぎない。提案の中で例示されたレバノンと、これと類似した政治的権益分配体制をとるイラクの両国で、政局がマヒ状態に陥っていることに鑑みれば、宗教・宗派・民族を政治的権益分配の単位とする政治体制を樹立することは新たな混乱と紛争の種となる可能性のほうが高い。

 現実の問題として、紛争においてシリア政府を支援する陣営と、シリア政府の打倒を目指す陣営との間の、紛争の原因と解決策についての認識のズレは依然として大きい。紛争の当事国が自らの利益や政治目標を優先し、シリア人民の安寧を一向に省みないために紛争が長期化するという状況には、依然として大きな変化はない。

(髙岡主席研究員)

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