中東かわら版

№93 イスラーム過激派:バングラデシュでの邦人ら殺害事件

 2015年10月3日、バングラデシュの北部で日本人が殺害され、4日(日本時間)早朝にインターネット上で「イスラーム国 バングラデシュ」名義の「犯行声明」が出回った。バングラデシュでは、9月27日にもダッカでイタリア人が殺害され、同様の名義で「犯行声明」が出回っている。「犯行声明」は、「イスラーム国」が広報活動に使用する掲示板サイトや、同派の広報機関である「バヤーン・ラジオ」での広報で流布しており、流通経路の面で、この声明が「イスラーム国」の作品であると考えられている。

 また、二点の声明は殺害対象を「「イスラーム国」に対する十字軍同盟諸国の国民」として射殺し、今後も同様の作戦が続くと主張している点で共通している。「イスラーム国」は9月に発表した英字機関誌『ダービク』にてNATO加盟国、「イスラーム国」に対する空爆に参加した諸国、アメリカの同盟国を列挙して攻撃を扇動しており、列挙された諸国には日本も含まれていた。

画像1:2015年9月27日に出回ったイタリア人殺害についての「犯行声明」

「イスラーム国」の戦果発表は通常上記のような形式で発信されており、同派と全く無関係の主体がこの形式を模倣すれば、「イスラーム国」の支持者から排撃されることが予想される。

画像2:2015年10月4日に出回った日本人殺害事件の「犯行声明」

形式、内容共に画像1と同様の特徴を持っている。

評価

 このような声明類が出回った場合、まず問題となるのは「それが本物か」ということであろうが、今般の二点はいずれも「イスラーム国」の公式の広報経路を通じて出回っており、本物であることには間違いない。その一方で、「声明が本物である」ことと、「声明の内容が事実である」こととは別問題である。例えば、バングラデシュでの事件の場合、犯行集団が被害者を本当に「十字軍同盟諸国の国民」として身元や国籍を把握して追跡していたのかという点、今後も同様の事件を組織的に引き起こす能力があるのかについては、「犯行声明」をみるだけでは不明な上、犯行集団の意図や能力に関する事実を裏付ける材料も全く発表されていないのである。

 イスラーム過激派諸派がインターネット上での広報活動を本格化させると、彼らの広報の信憑性や、情報発信者がイスラーム過激派武装勢力として実在しているかについて疑問がもたれる事例が相次いだ。イスラーム過激派の広報には、1.他の団体が発表した戦果や関連の映像・画像を剽窃した例、2.事件に関与したことを実証することなく、「犯行声明」を発信した例、3.「一匹狼型」の襲撃事件を賞賛し、組織の影響力があったかのように装う例などがあり、それらには信頼性の問題がある。

今般の声明については、組織の関与や信憑性を裏付ける動画・画像のような追加的な情報がなければ、バングラデシュで「イスラーム国」が組織的に活動していると判断することは難しい。その一方で、犯行グループ、ないしは「犯行声明」の作成者が「イスラーム国」の広報部門に情報を伝達する手段を持っていたからこそ、二点の声明は「イスラーム国」から公式に発表されたと考えられることも事実である。バングラデシュに「イスラーム国」の関係者やシンパがおり、彼らが犯行に及んだ可能性を否定できない。

「イスラーム国」による各国への脅迫や攻撃扇動の傾向に鑑みると、同派の関心の中心はあくまでイラク、シリアにあり、欧米諸国や日本の国内を対象に作戦を行う意図は必ずしも強くない。また、日本は脅迫や扇動の対象として他の「十字軍諸国」と併置される存在であり、攻撃対象として日本権益を他よりも優先するとの兆しも強くない。すなわち、現時点では今般の事件に対し、「今後日本人だけを狙って「イスラーム国」が攻撃を仕掛ける」と考えるのは過敏な反応といえよう。とはいえ、イスラーム過激派諸派は10年以上前から日本を「十字軍側の国」と認識しているため、今般の事件や将来発生しうる脅威を、「無関係の問題に巻き込まれた」、或いは「イスラーム過激派の問題は他人事」と受け止めるようなことがあってもならない。

(イスラーム過激派モニター班)

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