№88 中東情勢研究会:イスラーム過激派の越境移動
開催日時:平成27年9月7日(月)18時~20時、於:中東調査会
報告者: 溝渕正季(名古屋商科大学講師)、髙岡豊(中東調査会)
報告題目:なぜ彼らはジハードに向かうのか?-欧州在住アラブ系移民・難民と外国人戦闘員問題-
出席者:青山弘之(東京外国語大学教授)、錦田愛子(東京外国語大学准教授)他12名、中東調査会:村上、西舘、髙岡
概要
*溝渕氏、髙岡より、以下の通り報告した。
- 本報告の目的は、「どのような人々が、なぜ、何を目的に、いかにして、わざわざ命の危険をおかしてまで異国の地でのジハードへと赴くのか」を解明することである。そのため、2011年の紛争勃発以降シリアに流入した外国人(戦闘員・非戦闘員を含む)を「ムハージルーン」と呼び、テロリストの動員などについての先行研究を概観した上で、彼らの移動メカニズムとそれを取り巻く様々な要因を分析する。
- 先行研究を基にすると、一般的なテロリストの像は「10代後半~30歳前後、中・上流階層出身者、大卒、精神的病質者はめったにいない、イスラーム過激派に参加する者にはエンジニアが多い、自爆要員の属性は上記に当てはまらないことが多い」と描写できる。これに対し、紛争地における一般的なゲリラの像は「貧困層出身、低学歴、しばしば10代前半の少年」と考えられている。近年テロリストの勧誘に際してインターネットの役割が拡大していると考えられているが、「直接的な対面コミュニケーション」が最も重要であるという点は現在も変化していない。一方、シリアなどへ向かった「ムハージルーン」には、「従来のイスラーム過激派の構成員の平均(25歳~35歳)より若干若い、大半が(ヨーロッパ諸国での)ムスリム移民の二世、三世、ほとんどはシリアと縁がない、全体の10~15%が女性」という特徴がある。「ムハージルーン」がシリアなどに向かった動機を説明するために、インターネット上で発表された文書が資料として用いられることが多い。そこでは、ヨーロッパにおけるムスリムの待遇、社会的上昇が見込めない自己の境遇への憤りや絶望感、シリアでムスリムが攻撃されていることへの怒りなどが表明されている。また、「ムハージルーン」が実際にシリアなどへ向かう過程では、モスクなどでの直接の人的接触や、既にシリアに渡航した友人らからの影響が大きい。
- 「ムハージルーン」の移動についての先行研究の問題点は、彼らの動機を説明する資料としてネット上の書き込みが用いられることが多いが、それらの文書は「ムハージルーン」が既に「イスラーム国」などに参加した後に書かれたものが多く、「イスラーム国」による広報戦術の影響を受けていることである。その上、先行研究の多くは事例紹介や事実の発見の段階にとどまっている。そこで、「ムハージルーン」の越境移動に関係する諸国の政策や、越境移動そのもののメカニズムの解明が重要となる。
- 現在の「ムハージルーン」の越境移動は、2005年ごろに盛んに行われたシリア経由でのイラクへの外国人戦闘員の潜入のメカニズムを基礎としている。このメカニズムには、潜入者(戦闘員本人)、勧誘者(潜入者を勧誘・選抜する者)、案内者(潜入の旅程の手配をする者)、受入者(現地で潜入者を受け入れる武装勢力)の4者が関与しており、潜入の成否は勧誘者・案内者・受入者の3者間の連携の巧拙にかかっていた。これに対し、現在の「ムハージルーン」の越境移動には、インターネットを通じた情報提供が盛んに行われ、直接勧誘を受けない「ムハージルーン」が増加していること、スパイなどの浸透や思想・信条を共有しない構成員の存在を嫌う受入者が、直接の勧誘・選抜・教化を経ない人材をいかにして迎え入れるかという問題が生じている。これについては、「ムハージルーン」の越境移動についての情報を総合した結果、「ムハージルーン」の越境移動に関係する者として、拡散者(インターネット上で「ムハージルーン」に必要な情報を提供する)と、仮の受入者(受入者の正規の構成員とする前に訓練や信頼性の見極めを担当する)という2者の存在が明らかになった。また、「ムハージルーン」の越境移動は、経済的な要因をはじめとするプッシュ・プル要因、越境移動に関係する者たちが持つ社会関係ネットワーク、そして送り出し国や通過国の政策から強い影響を受けていることも明らかになった。とりわけ、シリアへ移動する者の大半が通過するトルコが、シリア紛争や「イスラーム国」に対しどのような認識を持ち、いかなる政策を講じているかが極めて重要である。
- 「ムハージルーン」の越境移動については、先行研究の積み重ねで多くが明らかになってきた。ただし、彼らの越境移動の成否に影響を与える外部要因としての周辺諸国の政策をより重視する必要があり、越境移動のメカニズムや外部要因についての更なる実態解明のため、質的・量的調査の積み重ねが必要である。
*質疑では、「イスラーム国」へのスパイの浸透の実態などについて質問が出たほか、テロ組織の構成員となる者の中にはうつ病的な症状を示す者が多数見られるなど、既存のテロリスト像の一部に再検討が必要であるとの指摘が出た。
(主席研究員 髙岡 豊)
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