中東かわら版

№87 サウジアラビア:巡礼中に将棋倒し事故が発生、700人以上が死亡

 9月24日午前9時(現地時間)、マッカ(メッカ)のミナーにおいて、巡礼者による将棋倒し事故が発生し、現在判明している時点で717人が死亡、836人が負傷した。イスラーム圏では巡礼月(ヒジュラ歴の第12月)を迎えており、サウジ国内外から200万人を超えるムスリムが集まっていたと見られている。巡礼月の巡礼はハッジ(大巡礼)と呼ばれ、通常の月の巡礼(ウムラ)と区別し、全てのムスリムに課せられた義務としての5つの信仰行為のうちの1つとされている。ハッジでは、巡礼月の10日にミナーにある悪魔を象徴する石柱に石を投げつけるという儀式があり、その儀式に向かう途中の巡礼者が一カ所の道路に集中したことで、今回の事故が発生した。

 

評価

 ハッジ中の将棋倒し事故は過去に何度も発生している。もっとも被害が大きかったのは1990年に1426人が死亡した事故であるが、それ以後も、1994年には270人、1998年には180人、2004年には251人、2006人には364人が同様の事故で死亡しているほか、1997年には巡礼者用のテントから火災が発生し340人が死亡している。特に、多くの巡礼者が同日に一カ所に集中する石投げの儀式では、事故の発生が相次いでおり、周辺の橋や道路の拡張工事が進められていた。

 今年は9月11日にもマッカの大モスクにクレーンが転倒し、100人以上の犠牲者が発生した。サウジ政府はいずれにおいても事故原因の究明と対策を表明しているが、マッカおよびマディーナ(メディナ)というイスラームの二大聖地を抱え、「二聖都の守護者」という称号を冠するサウジ国王に対して、聖地において相次ぐ事故の発生の責任を問う声が国外から強くあがっている。トルコのギョルメズ宗務庁長官は「ハッジに関わる行政に問題があることは明らかである」とし、ハッジの問題について議論するための国際的な会議の開催を要請した。また、イランでは少なくとも125人のイラン人巡礼者が犠牲になったと見られており、ハーメネイー最高指導者は、「サウジ政府は今回の苦い事件に重い責任を背負っている」とし、不適切な管理や措置が事件の背後にあると述べている。

 巡礼においては、サウジ当局によって巡礼者がグループ分けされ、グループ毎にどの時間にどの道を通過するかが厳密に定められているが、その多くは守られていない。巡礼前には10万人規模の治安部隊が展開していることが報じられたが、200万人を超える群集の行動を統制することは容易ではないだろう。より本質的な問題としては、巡礼者の過剰な受け入れが原因となっている。1950年代には10万人程度だった巡礼者数は、人口が増加しヒトの移動が容易になることで20倍以上に膨れ上がった。多数の巡礼者を受け入れるため、モスクの改築、周辺の宿泊所の整備などが急速に進められてきたが、そのために聖地の歴史的な遺産が取り壊され、商業主義的な傾向を見せている巡礼に疑問を呈す声もある。ムスリムによる巡礼の安全を確保することが国家としての正統性の源泉の一つとなっているサウジアラビアにとって、この問題への対応を誤ることは、国内のみならず国際的な評価を落とすことにつながろう。

(研究員 村上 拓哉)

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