中東かわら版

№69 イラク:行財政改革案を閣議決定

 2015年8月9日、イラクの内閣はアバーディー首相が提出した行財政改革案の第一弾を閣議決定した。イラクでは、政官界の汚職や夏季の電力不足に対する不満が高まり各地で抗議デモが行われていたが、今般の改革案はそうした抗議行動に対処したもの。改革案の要点は以下の通り。

1.行政改革

  • 国家の高官全ての警備要員を包括的かつ即座に削減する。
  • 副大統領、副首相職を直ちに廃止する。
  • 全ての公的機関、省庁の次官や顧問、局長の職を、政治・宗派的割り当てから遠ざける。
  • 各省庁の規則外の顧問職を廃止する。大統領、国会議長、首相の顧問の人数を5名に制限する。
  • 首相に対し、職務怠慢・法律違反・汚職があった場合、各県の知事、県議会議長、議員を解任する権限を委託する。

2.財政改革

  • 国家の歳入・歳出の構造を改革する。
  • 政府高官の年金の上限を引き下げる。

3.経済改革

  • 危機対策班が、投資の活性化と民間部門の活発化のために適切な決定を行う。
  • 国防省による武器調達契約を除き、政府契約についての例外措置を全廃する。

4.サービス改革

  • 電力分野での問題解決のため、発電、送配電、料金徴収の各分野毎措置をとり、2週間以内に成果を上げる。

5.汚職対策

  • 汚職対策評議会の役割を活性化する。首相が同評議会の議長となる。
  • 諸般の監察機構の活性化。
  • 汚職対策最高委員会の監督の下、過去・現在の汚職問題を調査する。

評価

 今般の改革案が実行に移されるには議会の承認も必要で、今後の曲折も予想される。しかし、改革案には政治的な役職を宗派・民族的帰属に沿って各政治勢力が分配するという、2003年のアメリカによるイラク占領以降に導入された政治過程の基本原則ともいえる事項の廃止につながる条項が含まれている。副大統領(現在はマーリキー前首相、ヌジャイフィー前国会議長、アッラーウィー元首相の3名。)、副首相(同じくバーハ・アアラジー、サーリフ・ムトラク、ルワイシュ・ヌーリー・サーウィシュの3名。)が廃止されることは、各々政治勢力による役職や権益の分配のあり方を大きく変える可能性がある。誰に任免権があるのかはっきりしない状態で中央政府と地方自治体との対立要素となってきた、県知事などの任免についても、汚職や法律違反があった場合は首相が免職できるとの条項も盛り込まれた。また、国民の不満が特に強かった電力供給の不足と、政官界の汚職への対策も、改革案に含まれた。

 改革案の内容は、イラクの政治や行政が抱える不効率や停滞の問題の根源が、宗派・民族を単位とした権益や役職の分配にあることを示唆している。2014年夏に「イスラーム国」が占拠地域を拡大した際、このような事態を招いた原因はマーリキー首相(当時)による「シーア派独裁」にあるとされ、マーリキー首相個人の政治姿勢や属性に帰された。しかしそれからおよそ1年を経て閣議決定された改革案を見る限り、現在のような事態を招いた原因は個々の政治家の個性にあるのではなく、イラクの政治制度そのものにあるように思われる。特に、イラク国民の政治行動や政治的意見をあらかじめ宗派・民族毎に固定的なものとみなし、宗派・民族を代表すると主張する政治勢力が各々重要な政治的決定に事実上の拒否権を持つことは、政治や行政にイラク人民の意志を反映することの阻害要因となってきた。改革案が実行され成果を上げるためには、それが表面的な役職の改廃、汚職対策を名目とした政敵の排除に終わらず、政治的決定をすばやく行い、迅速にそれを実行する政府・官僚機構の建設につなげられるかにかかっていよう。改革案に対しては、各政治勢力が支持を表明し、複数の県で改革案を支持するデモが行われるなどしている。その一方で、今後改革案の可否を審議する国会は、選挙結果も有権者の意志も反映していない会派・政治同盟の結成・解体の繰り返しが常態化しており、議会内の諸政治勢力が自らの権益を損ないかねない改革案にどのような態度をとるかが当面の焦点となろう。

(髙岡上席研究員)

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