中東かわら版

№9 イスラーム過激派:「イスラーム国」の近況

 イラク、シリア方面では、「イスラーム国」に対する連合国の爆撃の継続や、イラク軍によるティクリート奪回などの動きがある反面、「イスラーム国」がダマスカス南郊のパレスチナ人の街区であるヤルムーク・キャンプに進出するなど西進の動きを強めている。以下では、「イスラーム国」を取り巻く戦略的環境を整理・要約する。

 「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」などのイスラーム過激派は、シリア政府軍に対する攻勢を強化している。特に、「ヌスラ戦線」が南と北から攻勢をかけているように見えるが、これはシリア政府の打倒を図る諸国による支援と調整があってのことと思われる。「イスラーム国」がダマスカスやハマ方面で攻勢をかけていることは、「ヌスラ戦線」が占拠した地域を奪回しようとするシリア政府軍の勢力を分散させる効果をあげており、この点で本来は敵対しているはずの「イスラーム国」、「ヌスラ戦線」、ヨルダン・トルコ・サウジ・カタルなどの諸国は戦術的に協力している結果になっている。なお、シリア政府の拠点を奪取する際、武装勢力による合同作戦司令室が編成され、これが表向き軍事作戦を指導していることになっているが、実体は「ヌスラ戦線」に所属する下部組織が「ヌスラ戦線」の名義を隠して合同作戦指令室の主力となっており、「自由シリア軍」などの「穏健な」反体制派は「ヌスラ戦線」に同伴して戦果映像を発信しているに過ぎない。「イスラーム国」はイラク方面でもバイジ製油所やラマーディー市を襲撃するなど攻勢をかけており、イラク政府軍がティクリートを制圧したことにより打撃を蒙っているようには見受けられない。「イスラーム国」は、4月17日にアルビル市のアメリカ領事館付近での爆破事件に関与したと見られるなど、クルド勢力やアメリカに対する挑発も行っている。なお、「イスラーム国」はこの爆破事件について、「犯行声明」に値する情報を発表をしていない。

 一方、連合軍はイラク軍のティクリート制圧作戦を援護したり、4月8日にカナダ軍がシリア領内での爆撃に新たに加わったりしたが、1日あたりの爆撃件数は10件程度にとどまっている。

 

評価

 「イスラーム国」の占拠地域は、2014年6月~8月ごろのような勢いで拡大しているわけではないが、シリア政府軍、イラク政府軍などによる領域奪取も進んでおらず、一進一退の状況にあると思われる。国際社会による「イスラーム国」対策は、「イスラーム国」の拡大を阻止するという最低限の結果を出しているに過ぎない。この状況は、アラブ諸国、欧米諸国から「イスラーム国」へのヒト・モノ・カネなどの資源の送り出しがほとんど取締りを受けていない以上、当然の結果ともいえる。それどころか、アメリカ、サウジ、ヨルダン、トルコなど、「イスラーム国」対策の連合国を形成する諸国の行動は、「イスラーム国」を打倒・殲滅することを目標とするならば、この目標に矛盾する行為も多い。例えば、シリア方面ではアル=カーイダの傘下団体である「ヌスラ戦線」を支援して南北から攻勢をかけさせたが、「ヌスラ戦線」はダマスカス南郊のヤルムーク・キャンプでは「イスラーム国」とも共闘している上、「ヌスラ戦線」の攻勢によりシリア領内での「イスラーム国」の活動が容易になっている。

 さらに、3月26日からは、サウジを中心にアラブ諸国複数がイエメンへの軍事介入作戦を開始した。この作戦に参加する諸国の多くは、イラク、シリア方面での「イスラーム国」への攻撃にも参加しており、イエメンに対する軍事介入は各国の関心や戦力を分散させている。各国の関心と戦力が分散されたことにより、「イスラーム国」対策の効果がそがれている面もある。

 一方、アメリカ軍の作戦などにより、「アラビア半島のアル=カーイダ」の有力幹部であるハーリス・ナザーリーやイブラーヒーム・ルバイシュが相次いで殺害されたことや、イラク軍の作戦によりバアス党指導者のイザト・イブラーヒームが殺害されたとの情報が流れていることは、「イスラーム国」の敵対者を弱体化させる結果につながりかねない。「アラビア半島のアル=カーイダ」は、イスラーム過激派の組織間の名声や資源の獲得競争で「イスラーム国」と敵対しており、アメリカ軍が殺害したナザーリーは「イスラーム国」に対し教理・教学上の批判・非難を担っていた人物である。また、イラクのバアス党は「イスラーム国」と共闘関係にある、「イスラーム国」の活動の黒幕であるとの説が唱えられているが、2014年8月に「イスラーム国」がモスル市のキリスト教徒などへの虐待を強めるにつれて両者の関係は悪化している。4月3日付で出回ったイザト・イブラーヒームの演説では、イラクの敵対者としてイラン、アメリカ、シオニストに加え、「タクフィール主義者」(「イスラーム国」のような存在を指すと思われる)が挙げられており、バアス党と「イスラーム国」が共闘している、或いはイザト・イブラーヒームの殺害が「イスラーム国」にとっての打撃となる、と考えることは実はできない。

 他方、アメリカ軍などの軍事行動により、「イスラーム国」の幹部を殺害したり、同派の運営機能に打撃を与えたりする戦果は全く上がっていない。このため、「イスラーム国」と競合して資源を奪い合う関係にある「アラビア半島のアル=カーイダ」の幹部殺害や、イラクにおいて「イスラーム国」と敵対しつつあるバアス党勢力に打撃を与えたりすることは、「イスラーム国」にとって格好の援護射撃となりかねないのである。現在の状況は、「イスラーム国」に対する各国の立場や利害関係がまちまちであり、状況次第では「イスラーム国」を支援するかのような行動をとる主体まであることを反映したものであり、こうした状況が改善しない限り、「イスラーム国」対策が効果をあげることは期待しにくいのである。

写真:イザト・イブラーヒーム(バアス党の広報サイトであるバスラ・ネットより)。同人については、2003年のアメリカによるイラク占領以降、幾度も死亡・殺害説が流れている。現時点での生死は未確認。

 

(イスラーム過激派モニター班)

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